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彷徨う雷雲   作者: 佐伯 蒼太郎
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12/26

不器用


               (十二)


 アンバランスのようでいて、それでも一人欠けると何かが足りないような、不確

かな関係は続いていたが、バースデイパーティーからというもの、武井はあまり出

てこなくなった。

 加藤はどこかで決着を着けなければ、と思っている。


(自分が引くか、それとも武井が........)


 いや、武井はもう引いている。あの時、花束を持ってうつむいていた彼の深い悲

しみの顔は、演技で出来るものではない。

 綾は物体ではない。二人の都合だけで決められるものではなかったが、さりとて

「どっちが好きだ」などとは、口が裂けても聞けるものではなかった。

 加藤の、綾に対する愛情に一分の嘘もなかったが、あの悲しみの顔をした武井に

こそ、彼女はふさわしいのでは、と思う。


 ある日、綾から電話が掛かって来た。

 カレーパーティーをするから、食べにこないか、という内容だ。


「武井さんも引っ張ってきてね!」とも。


 何にでも『パーティー』を付けるのが女の子らしいなと、少しおかしくなった。

 綾も、武井が最近顔を見せないことを気にしているようだ。

 加藤と二人でいる時も、会話の端々に武井のことが出てきて、自らも気にかけて

はいたが、そこには嫉妬している自分をも感じていた。

 朝、研究室に行くと、武井は古い書籍に目を落としていた。

 本を覗き込むと裏返して表紙を見せた。

『大東流合気武術』とある。

「どう思う?」と聞いて来た。


「すごいと思うな、日本の武術のひとつの頂点かもしれないね」


「ああ、俺もそう思うよ。ただ難しすぎる。一歩兵の使える技じゃない」


「うん、その通りだ。技はシンプルで誰もが使えないとね。ただ、シンプルにする

と体力勝負になりがちだ。そうなると、身体がでかくて力のある外国の兵には勝て

なくなるね。そこをどうするかだ」


「シンプルで力を使わない技か......」


「そう考えると、古い柔術系か、とも思うんだが、この辺は日本よりも外国の方が

深く研究しているくらいだからなぁ」


 武井は何かを思案している。虚を突いてみることにした。


「そういえば綾さんからカレー食べにこいって電話あったろう?」


「あっ、ああ」


「行くんだろう?」


「いや、遠慮しようかと思っている」


「行ってやってくれないか、俺、行けそうにないから」


「えっ、なぜ?」


「う、うん、ちょっと言いにくいんだが、実は彼女が出来たんだ」


 武井はじっと加藤の目を覗いた。


「じゃあ、その彼女も連れてくればいいじゃないか」


「う、うん、そうだな。でも、いきなり知らない女を連れて行ったら、綾さん驚く

だろう」


「そんなことないさ、彼女は懐が深い女性だぜ、かえって喜ぶさ」


 武井は食い下がる。(下手な嘘は許さん)と。


「じゃあそうするか、あいつも喜ぶかもな」


「あいつって、彼女、名前なんていうんだ?」


「あっ、あつこ、あつこさ」


「ふぅん、あつこさんか、どういう字を書くんだ?」


「厚い薄いの厚に子供の子だ」


 心の中で冷や汗をかいていた。

 こうなったら、連れて行く相手を探さなければ、と焦ったが、それはその女性に

対して、あまりにも失礼だろうし、それ以前にそんな女性は加藤の回りには一人も

いなかった。

 行き当たりばったりでいい加減なことを言ってしまったことを後悔していた。

 そもそも「彼女が出来た」などという、小学生でも見破るようなことで、武井が

納得するはずもなかった。

 たとえ誰かを『厚子』と名乗らせて連れて行ったとしても、自分自身が、嘘を突

き通せる程の演技力がないのは分かりきったことだ。かといって「お前の方が綾さ

んにはお似合いだ」と言ったところで、やはり武井は納得しないだろう。

 方針は決まった。


(俺は綾さんとのことについては、全て無視する)


ということに。

 カレーパーティーに加藤はこなかった。


(あいつ.......能もない嘘をついて、引っ込みがつかなくなったな)と武井は思う。


 バースデイパーティーと逆の立場になった。綾の友人は帰り、武井と二人きり

に。


「加藤さんこなかったわね」


「彼女連れて来るなんて、いい加減なこと言いやがって」


「彼女? いい加減なことって?」


「嘘だってことです」


「なんでそんな嘘をつかなければいけないの?」


「君が、綾さんが好きだからです」


「分からない、分からないわ、私はあなたも加藤さんも好き。それっていけない

ことなの、世間の様に、一人を選ばなければいけないの?」


「それは俺にも分からない。ただ、俺も加藤も同じ様に君が好きで、同じ様に苦

しいんだ。だからつまらん嘘をつく」


「いいわね。あなたたちの仲の良さには、羨ましくなる。私だけ除け者みたい、

私だけ......」

 そう言うと、綾の瞳から大粒の涙がつぅっと頬を流れた。


「私には、あなた達の友情を壊す資格なんてない。私、それに見合う価値なんて

ないもの」そう言って泣き出した。


「そんなことはない! 君は......」


 言葉が続かなかった。

 ただ、綾の震える細い肩を、力一杯抱き締めることしかできなかった。

 綾は、武井の胸に顔をうずめると、しばらく子供のように口をゆがめて泣いて

いたが、その唇を武井の唇が塞いだ。やがて部屋の灯りが消えた。

 その頃、加藤は寝返りを何度も打ちつつ、眠れない長い夜を過ごしていた。

 胸に重く苦しいものを抱えながら(うまくやれよ)とエールを送る。やせ我慢

だと分かってはいたが、あの晩の武井の苦しみを、今、俺は味わっているのだと

思いながら。


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