その3 極秘調査スパイの4人組
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「――うおおああぁぁッ!?」
地下鉄黒ヘビ号の大きな口から『ペッ……!』っと、味を吸い尽くしたガムのように地面に吐き捨てられて。
コンビニの勇者の彼方と、カフェ好き3人娘達の合計4人は、カディナの街の下にこっそりと掘られた地下空洞に到着する事が出来た。
巨大な黒ヘビが吐き出した、ガラス製のカプセルが開き。中で漫画を読みながら地べたに寝転がっていた3人娘達が欠伸をしながら、順番に地下へと降り立っていく。
「ふぁ〜っ、やっとカディナに着いたみたいじゃ〜ん! 大体、片道6時間くらいの移動時間だったね〜」
「そうね。黒ヘビ号の試運転にしては上出来ね。多分、日本のリニアモーターくらいの速度は出ていたんじゃないかしら?」
「カプセルの中は漫画もドリンクバーも完備だったし。後はトイレもあったら、より快適だったよねー。彼方くん、今度カプセルの中にウォシュレット付きの水洗トイレも付けておいてねー!」
「うんうん。トイレも欲しいけど、ふかふかのソファーも欲しいじゃ〜ん。彼方くん、お願いね〜!」
「お、お前らなぁ……! これじゃ、異世界に初めて召喚された頃と何も変わってないじゃないかよ! 俺のコンビニの能力を、絶対にただの『便利屋』か何かだと勘違いしてるだろ……!」
可愛い3人娘達にグイグイと詰め寄られながら、アレコレと注文まで付けられて。
彼方は片手で頭を軽く抱えながら、まだ自分が3軍の勇者として。グランデイル王都の隅っこで、ひっそりとコンビニ暮らしをしていた時の事をついつい思い出してしまった。
その時は、ここにいるカフェ好き3人娘達――『ぬいぐるみ』の勇者の小笠原麻衣子。『アイドル』の勇者の野々原有希。そして『舞踏者』の勇者の藤枝みゆきの3人に、コンビニの中に1日中たむろされて。
今のように、好き放題にわがままな注文や文句を言われ続けていたような気がする。
「まぁ……その頃のエピソード回想は多分、本編小説第3話を参考にしてくれれば分かるから、みんなもよく読み返してみてくれよな。……って、俺は一体何を言ってるんだよ!? 好きなYou ◯uberの更新動画を見ていたら、唐突に案件の商品紹介が挟み込まれてた、みたいな宣伝台詞を思わず口走っちまった気もするけど。まぁそれはきっと気のせいだから、深く気にしないでくれよな」
「彼方くん、さっきから一人で何を言ってるの〜? 唐突に会話の脈絡が無い案件紹介をいきなりぶっ込むなんて、本当にレベルの低い新米インフルエンサーじゃ〜ん!」
「そうね。その点――有希は、案件を動画の中にさりげなく混ぜ込むのが本当に上手いわよね。流石は元トップ地下アイドルだと思うわ」
「へっへ〜〜ん。スポンサー企業様の意向を汲んでこその、地下アイドル活動だからね〜。後で彼方くんにも、インフルエンサーとしての動画制作の極意をこっそりと教えてあげるね〜!」
両手を腰に当てて、自信満々にドヤ顔をするアイドルの野々原有希。
そんな野々原に、彼方はやれやれといった表情をして。とりあえず適当に頭を下げておく事にした。
「ハイハイ、分かりましたよ……。それは是非とも教えて欲しい知識ではあるんだけどさ。とりあえず今は、カディナの街への極秘潜入調査の方が最優先だから、3人ともこれからしっかりと頼むぞ!」
「ハーイ、任せてよー。彼方くん!」
「ラジャーよ。有希も、みゆきも、油断しないようにしてね!」
「任せてよ〜。街に極秘潜入なんて、何か『スパイ』みたいで格好いいじゃ〜ん!」
溜め息を吐く彼方とは対照的に、やはりカフェ好き3人娘達からは、まるで遠足かピクニックに来ているかのような楽観的な雰囲気が感じられてしまう。
だが……それでも、彼方にとって。ここにいる3人娘達の『実力』についてだけは……折り紙付きで信頼に足るものである事は確かだった。
ここにいるカフェ好き3人娘達は、元グランデイル王国女王のクルセイスが行った適当な仕訳の結果――。
当初は、3軍の勇者として認定されてしまったのだが。その後の大活躍で、周囲にその評価が全くの的外れであった事を知らしめている。
それもそのはずで、彼女達は……実は日本で普通の高校生として暮らしつつ。それぞれが影で沢山のフォロワーを抱える有名インフルエンサーとしても活躍している、真の実力者揃いであったからだ。
「スパイか……。確かに今の俺達は、そんなポジションなのかもしれないな。――で、この地下空洞から上に上がったら、多分カディナの壁の中の街に出られるんだろうけどさ。街の様子が今どうなっているのかを、先に知っておかないと危険かもしれないな」
「じゃあ先陣をきって、みゆきに外に出て貰うのはどうかな〜? みゆきは動きがめちゃくちゃ速いし。何かあっても逃げ回るのが得意だから平気そうじゃ〜ん!」
「オッケー、いいよー。私に任せてよ! スパイっぽく街の中を探索してきて、カディナの住人達の様子を軽ーく探ってきてあげるよー」
話し合いの結果、高速移動の出来る『舞踏者』の勇者の藤枝みゆきに、まずは一人で地上に出て貰い。カディナの街の中の様子を先に確認してきて貰う事にした。
「よーし、決まりだな! それじゃあ地下にコンビニ支店を出すからな。ここを暫定の秘密基地にして、先に出発したみゆきからの情報を得てから、俺達も動き出す事にしよう!」
彼方はすぐにポケットの中から、コンビニ支店のカプセルを取り出すと。
それを目の前に投げて、カディナの街の地下空洞にコンビニを出現させる。
そしてコンビニの事務所のパソコンで、外に出た藤枝みゆきが送ってくる情報を確認する事にした。
先発した藤枝みゆきには、コンビニの大魔王との戦いの後で……レベルの上がった彼方のコンビニで新しく取り扱えるようになった、話題の新商品。
『監視ゴーグル』と『Bluetoothイヤホン』を耳に付けて街に一人で出て貰う事にした。
それによって、藤枝みゆきの見た『視界情報』がパソコンのモニターに送られ。Bluetoothイヤホンによって、遠隔通話も出来るようになっている。
地下のコンビニ支店を出発したみゆきは、地下から地上に登れるマンホールくらいの穴を開けた出口を通り。
外にゆっくりと這い出てみると……。そこには既に、夕暮れ時の時間帯になった、カディナの街の穏やかな光景が広がっていた。
街の大通りには、仕事を終えて自宅に帰る人々で賑わっていて。普通の格好をした街の人々が、普段通りに街の中を歩いている日常の光景が、パソコンのモニターには淡々と映し出されていた。
「……ん? この感じは、普段の街の様子と変わりないんじゃないのか? カディナの街の様子がおかしいと、紗和乃もザリルも言ってたけど……。やっぱりそれは、少し大袈裟な情報だったんじゃないのかな?」
なーんだ、ただの取り越し苦労だったんじゃないか……と、彼方がコンビニの事務所で一安心をしかけた、その時――。
パソコンの画面には、とんでもない『ハプニング映像』がリアルタイムで流れてきた。
地下から街に出た、みゆきの姿を見た途端に――。
先ほどまで穏やかに歩いていた街の住人達は、いきなり発狂したかのように。両手をブルンブルンと振って、全力疾走で、みゆきに向けて迫ってきた。
それも大通りを歩いていた、全ての街の住人達が一斉にだ。
中には、建物の2階から窓を蹴り破って。上から大ジャンプしながら通りに降り立ち、みゆきに迫ってくる住人達もいる。
「――何だよ、コレ!? これじゃまるで、ゾンビ映画だぞ! しかも一番厄介な『走るゾンビ系』ジャンルのホラー映画じゃないかよッ!?」
映像から危険を察知した彼方は、すぐに藤枝みゆきに対して。その場から撤退するようにアナウンスする。
「みゆき、すぐにその場から逃げるんだ! モタモタしてると発狂したカディナの住民達に取り囲まれて、食べられてしまうぞッ!」
『ザザーーッ、了解よーー!! うっひゃぁぁっーーッ!! 何なのよ、これーーー!!』
パソコンのモニター映像には、みゆきがカディナの全住民に追い回される衝撃的な映像が次々に流れてくる。
それはまさに、一人称視点の『POVホラー映画』の映像だった。みゆきの視点をダイレクトに体験出来る、臨場感あふれる恐怖映像が、モニターにはリアルタイムで映し出されている。
そんな鬼気迫る状況の中で、アイススケートの選手のように。街の通りスイスイと高速移動するみゆきの後を、数千人近いゾンビと化した街の住人達が追い回し。
更には、逃げた先の場所でも。逃走するみゆきの姿を見つけた新たな街の住人達が、獲物を逃すまいと必死の形相で襲いかかってきていた。
「みゆきッ! 私の声が聞こえるーー? そっちに逃げたら、行き止まりになるわ! 大きく通りを迂回して、左方向に逃げるのよ!!」
『……ザザーーッ、ザー、ザーー!』
どうやら、みゆきは連絡用のBluetoothイヤホンを逃走中に落としたらしく。
彼方達からの通信に対して、まるで応答が無い。カメラ視点の映像だけが淡々と、パソコンのモニターに送られ続けてきていた。
「ねぇ、ねぇ……これマジでヤバいじゃ〜ん! 早くみゆきを助けに行かないと〜!」
「そうだな、いくら動きの素早い『舞踏者』のみゆきでも。街中の住人達に追い回されたら、マジでヤバいと思う! 俺達が街に出れば、少なくとも街の住人達は追い回す対象が増えて、集団が4分割されるはずだ!」
「分かったわ! じゃあ集合場所はこの地下に隠したコンビニ支店をの中にしましょう! みゆきを回収したら全員がBluetoothイヤホンで連絡しあって、ここに集合する事、いいわね!」
小笠原の指示を確認しあった彼方達は、急いで地下のコンビニ支店からカディナの街の中へと飛び出した。
街に飛び出た彼方達を待ち受けていたのは予想通り、集団で追撃してくるゾンビ化した街の住人達だ。
「――うひィィッ!! 想像よりも遥かにホラー映画の世界だな、この状況はッ!?」
「彼方くん、ボヤボヤしてると街の人達に捕まっちゃうわよ! 早く分散して移動しましょう!」
「彼方くんも麻衣子も、絶対に捕まっちゃダメだからね〜! みゆきを助けたら、すぐに連絡いれてよね〜!」
彼方達は、それぞれが別々の方向に分散して別れて、カディナの街の中を全力疾走する。
「うおおおおぉォォッ!! ヤバ過ぎるって、マジもんのゾンビじゃんかよ! これ、捕まったらどうなるんだ? まさか脳みそを食べられちゃうんじゃないだろうな!?」
……よくよく考えてみると、ヤバいのはそれだけでは無かった。
これがゾンビ映画なら、主人公は容赦なくショットガンなどの強力な武器をぶっ放し。目の前に群がるゾンビ達を華麗に粉砕していくのだろう。
例えばコンビニの勇者の彼方なら、彼の必殺技である『青双龍波動砲』を使えば、追いかけてくる住民ゾンビ達を軽く数千人は消滅させられるはずだ。
だが、それを今ここで出来るのか……? と、問われたら。彼方にはこう答える事しか出来ない。
「――いやいやいや、流石にカディナの住民達に対してそんな残虐非道な行為は出来ないって! そんな事をしたら、5000年前にこの世界に召喚されたコンビニの大魔王の二の舞になるじゃないかよ! ダメだぞ、特にコンビニの勇者は無抵抗な住人を殺戮するのだけは絶対にNGなんだからなッ!」
これはまさか、あの『朝霧冷夏』が彼方を貶める為に用意した罠なのではないか……?
そんな事を頭で考えつつも、とにかく彼方はひたすらに街の中を逃げ回る事しか出来ない。
なぜなら、カディナの住人を殺戮する事は……彼には絶対に許されないからだ。
街の大通りから右に逸れた小道に入り。そのまま前進していくと、彼方は袋小路に行き着いてしまった。
「……おいおい、まさかここで行き止まりかよ!」
思い返してみると、彼方はあまりカディナの壁の中の街の地理には詳しく無かった。
以前にこの地に数ヶ月滞在して暮らしていた時は、ほとんど壁外区で生活していたし。
彼方が壁の中の街に入ったのは、ティーナに連れられて。アルノイッシュ家の豪邸の前に行った時のたった一回きりだけだ。
だからこうして道に迷って、街の住人達に無様に追い詰められてしまったとしても。それは……仕方のない事だっただろう。
「参ったな……ここで、万事休すかよ。コンビニ店長服の無敵ガード機能が3回分あるとはいえ。まさか本当に俺を捕まえて、食べたりはしないよな……?」
ジリジリと行き止まりで立ち尽くす彼方を、四方八方から取り囲んで追い詰めていく数万を超えるカディナの住人達。
そして迫りくる住人達が一斉にジャンプして、彼方に襲いかかろうとしてきた、そのタイミングで――。
彼方の体は突然……カディナの街の上空から降ってきた『クレーンゲームのアーム』によって拾い上げられた。
空に向かってゾンビ住人達の集団からすくい上げられた彼方の体は上空で白い光を放ち。その場から消失して、どこかに瞬間移動をさせられてしまう。
しばらくして、彼方が目を開けた時には――。
いつの間にかに、見知らぬ小さなテント古屋の中にワープしていた。
「えっ? ここはどこなんだ……?」
「………シッ。声を出さないで、彼方くん………」
彼方が顔を上げると、そこには――彼のクラスメイトである『クレーンゲームの勇者』の秋山早苗が立っていた。




