その4 クレーンゲームの勇者
「お前は、秋山じゃないか! どうして、こんな所にいるんだよ……!?」
「……シッ……! 彼方くん、静かに……」
唐突に秋山の手で、口をすっぽりと覆うように塞がれてしまう彼方。
息が出来ずに、『ムガッ、ムガッ……!』と咽せる彼方の事はガン無視して。
クレーンゲームの勇者である秋山早苗は、落ち着いた様子でその場でじっと静止し続けていた。
……しばらくすると、彼方達のいる小さなテントの布に、沢山の人達が同時に走り去っていく影が映り込む。
どうやら、この雰囲気から察するに。この場所はカディナの街の外にある『壁外区』エリアに無数に設置された、居住用テントの中のようだった。
「……声を出すと街の人達に見つかってしまうわ。彼方くんは今……壁外区を含めたカディナに暮らす全ての住人達に追われている身なのよ」
「追われているって、俺が……か?」
「うん。彼方くんだけじゃないけどね。小笠原さんや、藤枝さん、それに野々原さんも街の人達に追われているわ。街の人達は外部からの侵入者をすぐに探知して、自分達の『仲間』に引き込む為に襲いかかってくる習性があるの」
「襲いかかってくるって、一体誰がカディナの街の人達にそんな指示を出しているというんだよ……?」
「それは……『さくら』よ」
秋山の口から、今回のカディナの事件の首謀者の名前を直接聞かされて。彼方は『マジかよ……』と、思わず天を仰ぎたくなる気持ちになってしまう。
正直、普段は全く言葉を話さずに。無口で大人しかったはずの秋山早苗が、いきなり饒舌に自分に話しかけてくる様子を見て。
『いや、秋山……お前、めっちゃ流暢に話せるキャラになってたのかよ!』と、ツッコミを入れたい気持ちも彼方の心にはあったのだが……。
そこは『クレーンゲーム』の勇者である秋山の心が、これまでの多くの戦闘経験を踏まえて。大きく成長した事による変化なのだろうと察する事にした。
それにしても、やっぱり今回の事件の首謀者は琴美さくらなのか……と。彼方は思わず落胆して深いため息を吐き出してしまう。
もちろん彼方自身も、少しはその可能性を疑ってはいた。
さくらには、『料理人』の能力がある。つまり、さくらの作る食べ物を食べた街の住人達は、さくらの言う事は必ず従う従順な『兵士』と化してしまうのだ。
数ヶ月前に、このカディナの街を旧グランデイル軍から奪還する作戦を実行に移した時には――さくらが大量生産したカディナ名物の『カディス饅頭』を大量に空から街の中にばら撒き。
それを食べた街の人達と、当時この地に駐留していた旧グランデイル軍の騎士達をさくらが直接操る事で、街を完全に掌握する事に成功したという話を彼方は聞いていた。
でも、さくらの持つ『料理人』の能力は、料理を食べてから2日間だけしか食べた人間を操れないはずだ。
それなのに、その後も数ヶ月近く経ってもカディナの街の人達をさくらが操り続けているのだとしたら。それは一体、どういう事なのだろうか?
「……彼方くん。さくらの能力はレベルアップしたのよ。具体的な期間はまだ分からないけれど、かなりの長期間に渡って、さくらの権能は有効になっているみたいなの」
「という事は……カディス饅頭を食べた街の住人達は、2日間だけでなく。もっと長期間、さくらに操り続けられてしまうって事なんだな」
無言でウンウンと、頷いてみせる秋山。
カディナの街に住む人達は、壁の中の住人。そして壁の外に住む壁外区の住人。更には、降伏した旧グランデイル王国の騎士団も含めると、100万人を超える規模の大人数がいる事になる。
それらの住人達が全員、さくらの完全な支配下にあるとなると……それはとても恐ろしい事になるだろう。
下手をしたら国家規模の軍隊にもなり得るほどの大量の『兵隊』を、さくらは手に入れてしまったようなものだ。
仮にもし、うっかり琴美さくらの作る『カディス饅頭』を、コンビニの勇者の秋ノ瀬彼方が食べてしまったらなら……。
その時は、一体どうなってしまうのだろうか?
あのコンビニの大魔王を倒した、彼方をもさくらが直接操る事が可能になったなら。それはもう『最強の魔王さくら』が誕生してしまうようなものではないだろうか。
「……さくらに操られた街の人々は、街の門を閉ざして外部との交流を完全に絶っているわ。だから積極的に『仲間』を増やそうとしている訳ではないみたいなの」
「そうなのか? 仮にさくらが本気で世界征服みたいな事を考えているのなら。街の外に進出して、もっと多くの人にカディス饅頭を食べさせて。自分が意のままに操れる兵隊を増やした方が良いような気もするけど……」
「うん。だから私も、さくらの真意が分かりかねているのよ。さくらはカディナの街の外に進出して、自分の兵隊を増やそうとはしていないの。でもカディナの街の中にうっかり紛れ込んでしまった侵入者には、無理やりでもカディス饅頭を食べさせて、『自分達の仲間』に引き込もうと襲ってくるの」
秋山は慎重にテントの外の様子を観察しながら、小声で彼方に話しかけ続ける。
彼女がそれだけ警戒しているのは、きっとこの壁外区においても。さくらの作るカディス饅頭を食べた無数の人々が常に監視の目を光らせ。侵入者がいないがどうかを、定期的に確認しに来るからに違いなかった。
「仲間に引き込もうと襲ってくるって……具体的には一体何をされてしまうんだ? さっき俺達を追いかけてきていた街の連中は、別にカディス饅頭を手に待っていたとかじゃなさそうだったぞ?」
「饅頭を無理やり食べさせなくても、彼らの体液を摂取すれば、さくらの制御下に加えられるの。だからもしも街の人達に捕まってしまったら……そうね。きっとキスをさせられるとか、無理やり唾液を口の中に入れられるのかもしれないわね」
「うへぇ……それはマジで勘弁してくれよ。若い女の子の集団に捕まるなら、まだいいけどさ。もしも中年のおっさんの集団に捕まったら最悪な事態になってしまうぞ」
彼方は彼が日本で昔見た、ゾンビもののホラー映画のワンシーンを頭の中で想像し。
大量のゾンビに群がられて体を食われる代わりに、大量のおっさん達に自分の体を取り押さえられて。
おっさんの濃厚な唾液汁を口の中に入れられている自分の姿を想像した所で……あまりの18禁映像過ぎるグロさに脳の機能が強制的にシャットダウンして、思わずゲロを吐き出しそうになってしまった。
「秋山はそんなカディナの街の住人達から隠れる為に、このテントの中にずっと潜んでいたのか? お前の持つ『クレーンゲームの能力』を使えば、カディナの街の外にワープする事だって出来たんじゃないのか?」
「……うん。確かに街の中は危険だけど。さくらの事は放っておけなかったから……」
秋山は暗い顔をして、その場でふさぎ込んでしまう。
秋山はカディナ奪還作戦の時も含めて。琴美さくらと一緒に過ごす機会がクラスの誰よりも多かった。
だから秋山は、心の底からさくらの事を心配していたのだろう……と、彼方には思えた。
それにしても、どうして琴美さくらはこんな事をカディナの街で行なっているのだろうか?
街の住人達を全て操っているのは、あの『さくら』なのだと秋山から聞かされても。彼方には、どうしてもその事が腑に落ちなかった。
なにせ事件の首謀者だという『さくら』は、異世界に召喚された2年3組のクラスメイト達の中で、引きこもりがちな秋山に次いで。最も引っ込み思案で、大人しいキャラクターの代表格だったのだ。
対面で人と話す時も、まともに話す事が出来ずに。常におどおどしていたあのさくらが、今や100万人近い人口を誇るカディナの街全体を掌握していて。
無数の兵隊を操る悪の秘密結社のボスみたいな存在になっているなんて……彼方には正直、全く想像がつかない。
そもそも、さくらの目的が一体何なのだろうか?
「……私も、さくらが何を考えているのかは分からないの。もしも、さくらの考えを知る方法があるとしたら。さくらの作るカディス饅頭を食べてみる事かしら? 操られている街の人達は、さくらと意識を常に共有しているはずだから、カディス饅頭を食べれば、さくらの真意が分かるのかもしれないわ」
「うーん。それが唯一さくらの考えを知る事ができる手段なのだとしても。一度食べちゃったら、こっちもさくらの洗脳下に置かれてしまうだろうからな。ちょっと難しい所だな……」
両腕を組んで、ため息を吐きながら深刻に考え込んでしまう彼方。
何が外に有効な作戦はないものだろうか? 少なくとも、コンビニの勇者の彼方自身が、さくらに操られてしまう事だけは絶対に避けた方がいいだろう。
もしも無敵の強さを誇るコンビニの勇者が、悪の陣営に染まってしまったなら……。
それは数ヶ月前にやっと終える事が出来た、5000年前から続く『コンビニ大戦』がまた始まってしまう事にもなりかねない。
その時――暗いテントの中で、今後の作戦を考え込んでいた彼方は、再び口を強制的に秋山に押さえられてしまった。
「フガフガ、どうしたんだよ……秋山!?」
「……街の人達に見つかってしまったわ! 彼方くん! ここから急いで逃げて!」
叫び声をあげる秋山の姿を下に見下ろしながら、彼方の体は再び鉄製の巨大アームによって空中に引き上げられ。
瞬時にして、どこか別の場所に向けて強制的に『ワープ』させられてしまった。
「……って、痛てててて。今度は一体、どこに飛ばされたって言うんだよ……?」
空中から地面の上に放り落とされた彼方は、打ちつけられた腰の部分を両手でさすりながら、周囲の様子を見回してみると。
彼方の正面には、両手に双剣を持った『舞踏者』の勇者の藤枝みゆきが立っていた。
「………みゆき?」
「うふふふふふ。彼方くん、みーーーっけ!!」
コンビニ共和国の中でも、最強のスピードと俊敏さを誇るといわれている『舞踏者』の勇者の藤枝みゆきが……。
気付いた時には、両手に双剣を持ちながら勢いよく彼方の前に高速スピードで突進してきていた。




