イケオジ、塩対応する
――夜、閉店の一時間半前。
やるべき作業を早めに終わらせた私は、厨房でずっとそわそわしていた。なぜなら今日は『コンちゃん』と呼ばれるお客さんが来る予定の日なのだ。
佐倉さんの「いらっしゃいませ!」という言葉を聞くたび、私はレジ近くまで歩き、店内をこっそり見渡している。最初からカウンターに出ていればいい話なのだが、人気がない時に表に居たら佐倉さんが不審に思うに違いないので、それは出来ない。
今日も一週間前と同じく、多めにドーナツを作ってしまった。色んな種類が置いてあった方が、きっとあの人は喜んでくれる。そう考えたら自然と手が動いていた。
絶対来るという確証もないのに、我ながら早まったことをしたものだ。いい歳した男がこんなに浮かれているなど、極力周りに気付かれたくはない。
誰に見られているわけでもないのに、私はポーカーフェイスで耳を澄ませ続けていた。
佐倉さんの元気な挨拶の声が聞こえ、私はまた店の中を確認しに行く。
するとショーケースの前に、たった一人だけお客さんが居るのが見えた。長身で黒いコートを着ている男だ。
「店員さーん。すいません。ちょっと店長さんを呼んできてくれませんか?」
男の声を聞き、ある確信を抱いた私はすぐ厨房を出た。佐倉さんが呼ぶより早く、ショーケースの前に到着する。そこには厄介な客がニヤリと笑って立っていた。
「よう。頑張ってるか、幸太郎」
「帰れ」
「え。俺、今来たばっかりなんだけど?」
わざとらしく目を見開いた男へ、私はため息を返した。このオシャレパーマの色男――深井 理彦は私の同級生で昔からの友人だ。
彼は小学校から高校まで同じで、何の因果かプレジール近くの大手企業に勤めている。
私のことを良く知る人物ゆえ、今日このタイミングで店に来てほしくなかった。あの人と話しているところを見られるのは絶対に避けたい。
うん。さっさと追い返そう。
私は即断し、冷たい顔で腕を組んだ。
「何しに来たんだ、理彦」
「仕事終わりにお前に会いに来てやったんだよ。俺と喋りたいだろう?」
「私はまだ仕事中なんだが。用がないなら帰ってくれるか?」
「そう邪険にするなって。妻と子供たちにドーナツを買って帰るんだからさ」
仕方ないな、早くしろと態度で示す。理彦は色んな種類のドーナツを八個、トレーに載せた。私はそれを受け取ってレジへ行き、持ち帰り用の箱に手早く詰める。その向かいで理彦は支払いを済ませ、おもむろに話を切り出した。
「なあ、幸太郎。ちょっとお前に頼みがあるんだけど」
「何だ?」
「会社の女の子たちがさ、お前を紹介してくれってうるさいんだよ。一回お試しで会ってみてくれないか?」
「またか。さてはそれが本題だな?」
「ばれたか。さすが、分かってるな」
「何年、君と友人をやってると思ってるんだ。その人たちには申し訳ないが丁重に断ってくれ。私は今それどころじゃないんだ」
なにせもうすでに気になる人が居るんだからな。
「はぁ。何だよ、つれないな。お前、友達の顔を立ててやろうって気はないのか」
「君の面目など丸潰れになってしまえばいい」
「酷い」
「ぷふっ」
視界の端で佐倉さんが噴き出しているが、気にしてはいけない。この男を一刻も早くここから追い出さなくては。私は「お買い上げありがとうございました」とすげなく言ってドーナツの箱を差し出した。
受け取った理彦は、眉間にシワを寄せて真面目な調子で話した。
「あのな、幸太郎。余計なお世話かもしれないけど、俺はお前を心配してるんだぞ? 十五年前に離婚してからお前はずっと独り身だからさ。俺としては、お前に幸せになってほしいんだよ」
「そうか。でも女の子とは会わないからな」
「くそ。情に訴えてもだめか」
「じゃあ奥さんと子供たちによろしく」
「おいおい、もう少しゆっくりさせてくれよ」
長居されては困るんだ。悠長に話していては、あの人が来てしまうかもしれないじゃないか。
表情には出さずにいたが、内心すごく焦っていた。と、その時、自動扉が開いたのが見える。
「いらっしゃいませー!」
佐倉さんのひときわ明るい挨拶が飛んだ。彼女の視線の先をたどると、スーツ姿のあの人が、可愛らしい笑顔で佐倉さんに会釈をしていた。




