緊張する女子、はまる
今の声⋯⋯まさか!
素敵なあの人の顔が浮かび、ごちゃごちゃになっていた頭の中が一気にクリアになる。
驚きで心臓が跳ね、勢いよく顔を上げれば、ショーケースの向こう側に佇む店長さんと視線が重なった。彼は帽子とエプロンを身に着け、優しく微笑んでいる。
わあああああ! すぐ近くにいらっしゃった!!
初めて会った夜、街灯に照らされた彼も素敵だと思ったけど、明るいところで見ると、なおいっそうカッコいい。
背が高くて細身、だけど筋肉がしっかりついていて立ち姿がとても綺麗だ。太眉とひげは形よく整えられており、鼻筋は通っている。目の下と口角にうっすらあるシワも渋くて、大人の色気がにじみ出ていた。
偶然会えた嬉しさと緊張で、顔が火照る。挨拶を返そうにもドキドキして上手く声が出せない。
絞り出すように「こんばんは」とだけ伝えると、店長さんはにっこり笑い、落ち着いた声で言った。
「またお会いしましたね、お嬢さん。今日もお仕事、お疲れ様です」
「お、お疲れ様です」
へ? 店長さん、私のこと覚えててくれたの? ほんの少し話をしただけなのに?
何とか返事はしたものの、びっくりして固まってしまう。そんなに私、印象が強かったんだろうか。確かに閉店後に全力ダッシュしてくる客なんて、そうそう居ないかも。よく考えたらものすごく恥ずかしい奴だな、私。いや、それよりもお礼言わなきゃ!
私は店長さんをじっと見つめ、姿勢を正した。
「あの! この前のカスタードとチョコのドーナツ、最高に美味しかったです! とっても元気になりました! ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げて、ちゃんとお礼が言えた。しかし緊張を無理やり抑えつけたせいか、反動でバカでかい声が出た。店内は静かなので、私の声がより大きく響き渡ってしまう。店長さんの反応が気になり、一瞬ちらっと確認したら、彼は二重の目を丸くしていた。
うああああああ! 私という奴は! なんでこうも普通に出来ないのか!
頭を抱えたい衝動に駆られて、うつむいた。顔から火が出るって、きっとこういう状況のことを言うんだと思う。店長さんに騒がしい人だと引かれてないだろうか。やばいもう今すぐこの場から消えたい。
「ちょっと店長! ズルいですよー。ウチもコッ⋯⋯お客さんと喋りたいです! どうも、こんばんはー!」
言いながら店長さんを押しのけ、私の前にずいっと立つバイトの子――もとい救いの神が現れた。この女の子とは何度も話しているので全く緊張しない。これなら普通に会話できそうだ。
ありがたやー! と、心の中で手を合わせてから、私は笑顔で挨拶をした。
「どうも、こんばんは」
「いつもドーナツを買ってくれて、ありがとうございますー! ウチらめっちゃ頑張って作ってるんで、喜んでもらえて嬉しいです! ねっ、店長!」
「はい。それに、こうしてまた私の店に足を運んでくださったことが、何よりも嬉しいです」
二人の言葉を聞いて、私はほんわか幸せな気持ちになる。今日プレジールに来て良かったと心から思えた。
それから私は、店長さんの顔をなるべく直視せず話を続けた。
「ここのドーナツは何を選んでも美味しいので、色んな物を試してみたくなります。その分、毎回どれにするかすごく悩んでしまうんですけど」
「もし良ければ、ドーナツの詳しい説明などいたしましょうか? 選ぶ参考にしていただければ」
「え。いいんですか? お忙しいんじゃ⋯⋯」
「大丈夫ですよ。作業はほとんど終わってますし、今は他のお客さんも居ないですから」
「はいはーい! ウチも一緒に説明したいでーす!」
「ええ。では、佐倉さんも一緒にお願いします」
こうして私は店長さんと佐倉さんの二人から、手厚くドーナツの説明を受けた。結果、夜のデザート用にいぬショコラドーナツ、朝食用に生クリームドーナツと大人の抹茶ドーナツを買った。
紙袋を抱えプレジールを出ると、店長さんが外まで見送りに来てくれた。どこまでも手厚い対応で恐縮しきりである。透明の自動ドアから淡い光が漏れていて、彼を温かく照らしていた。
「お買い上げありがとうございました。またいらしてくださいね」
「はい。こちらこそ、色々教えてくださってありがとうございました。また来ます」
「ええ。気をつけてお帰りください。⋯⋯ところで、今度はいつ、お会いできそうですか?」
「え?」
なぜか店長さんは眉を下げ、淋しそうな顔をしている。おさまっていた胸がまた騒ぎ出して、私は目を伏せた。
どうしてそんなこと聞くんだろう? まるで私に早く会いたいと思ってくれてるみたい⋯⋯。いや、そんなわけないな!
浮かんだ妄想をすぐさま否定して、私は答えた。
「平日で残業が早めに終われば、今日くらいの時間に来ます。というか、早く終わらせて来週も必ず来ます!」
あなたに会いたいので! と思いながら力強く断言すると、店長さんは目を輝かせくしゃりと笑った。その顔は心の底から嬉しそうで、私はますます彼の魅力にはまってしまうのを感じたのだった。
「分かりました。では、お嬢さんのまたのご来店を、心よりお待ちしています」




