恋する女子、迷う
――喫茶店で実果のアドバイスを受けてから。
とりあえず私は、普段と違う曜日や時間にプレジールへ行ってみることにした。店長さんがカウンターに居るタイミングを知りたかったからだ。
平日の夕方〜夜の営業時間には、一度も店長さんに出会ったことがなかったので、試しに週末、休日出勤した後にドーナツを買いに行ってみたんだけど⋯⋯残念ながら店長さんの姿を見つけることは出来なかった。
というか、探せてもいなかったと言った方が正しい。なぜかって店に着いてすぐ、女子高生のお客さんと少し言い合いになってしまったし、それが終わったと思ったら部長から電話がかかってきたのだ。
『新道さんの作った会議資料、データが間違ってたよ。急ぎだから今日中に修正して』だって。
嘘でしょ? 入力ミス? 指示通りに作って最終確認もしたと思ったのに。これから店長さんに会えるかもって、浮かれてたせい⋯⋯?
青ざめた私は、何も買わず大急ぎで会社へ舞い戻った。
人のまばらなオフィスに着き、慌ててパソコンを開いて資料を隅々まで見返していく。調べていくうち、部長が最初に出してきたデータ自体が間違っていたのだと気付いた。
ちょっとこれ、私のせいじゃないじゃん!
「ほらね、間違ってたでしょ。困るねぇ新道さん。全体を見て、合ってるかちゃんと確認してくれなきゃ」
わざわざ近づいてきて、あたかも私が間違えたみたいな言い方をする部長(小太り五十代)。新道さんがやらかしたんだと、周りの人たちも思ったに違いない。
反論するだけ時間の無駄だと思ったから黙っていたけど。謝りもせず、自分のミスを他人へ押し付ける薄毛野郎に、『いつも穏やか』と評判の私も殺意を覚えた。
静かなオフィスにキーボードを叩く音を響かせながら、あいつ絶対許さん! あいつまじで左右非対称にハゲろ!! と強く念じた。
その後、部長に何度も細かい修正を要求され、結局わが家に帰れたのは夜だった。
次こそはと思い、平日の仕事終わり(定時上がり)にプレジールへ行こうとしたら、今度は残業が行く手を阻んだ。仕事が終わらず、営業時間に間に合わなくて、泣く泣く帰宅する日が続いた。
だめだ。全然、上手くいかないわ⋯⋯。
仕事に振り回され、全然プライベートの時間を確保できない。結果、またいつもの曜日、いつもの時間に来てしまった。夕日はとっくに沈んで辺りはもう真っ暗だ。
まあ、いいや。店長さんには会えなくても、あの美味しいドーナツさえ買えれば。
扉を開けプレジールの店内に入ると、「いらっしゃいませー!」と明るい声が聞こえた。カウンターに目をやると、黒い帽子と茶色いエプロンをきちんと付けて立っている女の子が見えた。よく見かけるバイト子だ。たぶん女子高生だろう。元気がよくて可愛くて、いつも気さくに私へ話しかけてくれる。
彼女と目が合ったので軽く会釈をした。そうしたら、ものすごくいい笑顔で手を振ってくれた。うん、やっぱり可愛い。
予想通り、店長さんはカウンターに居なかった。裏できっとお仕事してるんだろう。会いたいな。
切なさを胸に、トレーとトングを持ち、ショーケースの中を確認する。時間が遅いから、ドーナツが売り切れて種類が少なくなってると思ったけど、今日はまんべんなく並んでいた。
わーい、やったぁ!! 嬉しいな! どれにしようかな?
チョコ、いちご、抹茶。生クリームにカスタード。色んな味が揃ってる。
もっちり。ふわふわ。さっくさく。生地の食感もたくさんある。
カラフルなくま、ねこ、いぬが愛くるしい笑顔を向けてくる。
んあああああ、やばい!! 迷う!! どうしよう!!?
うろうろとドーナツを見て回るが、なかなか決められない。どれもこれも最高で魅力的すぎる。
この時間はお客さんが少ないからありがたいよね。長い間考えていても迷惑にならないし。⋯⋯店員さんは呆れてるかもしれないけど。
ふとバイトの女の子の方を見ると、向こうもこちらに注目していた。慌てて私は頭を下げる。
「あの、すみません、全然決められなくて。どれもめちゃくちゃ美味しそうだから、悩んじゃって」
「いえいえ! 大丈夫ですよ! 閉店まで、まだ時間がたっぷりありますんで! ゆっくり悩んでくださいー!」
店員さんがにこにこしながら頷いてくれた。優しい子だ。プレジールは店長さんだけでなく店員さんもあったかい。ここには愛が溢れている。
「ありがとうございます! じっくり考えますね!」
そう告げて私はまたショーケースのドーナツたちと真剣に向き合った。せっかくだからいつもと違うドーナツを買ってみようか。でも定番の味もやっぱり食べたい。くま、ねこ、いぬが、連れて帰って欲しそうにこちらを見ている。
だんだん頭の中がぐるぐるしてきた。それもそのはず、今は夕飯前だ。もうお腹が空きすぎて、思考が全然まとまらない。いっそ全種類、買って帰るか? と思いかけた時――
「いらっしゃいませ。こんばんは」
深みある低い声が、私の耳へはっきり届いた。




