イケオジ、ロックオンする
それから五日ほど経った平日の夕方。
厨房で作業していた私は、倉庫へ材料を取りに行く際、バックヤード内の休憩スペース近くを通りかかった。
賑やかな話し声がしたので、足を止めそちらに視線を送ると、バイトの女の子三人の姿が確認できた。これからレジと調理補助に入ってくれる子たちだ。
どうやら就業時間よりも早めに来て、ここでのんびりしているらしい。小さなテーブルにペットボトルの飲み物を置き、椅子に座って雑談をしている。
三人の中でひときわ目立っているのは佐倉 りいむさん。プレジールからほど近い、桃山高校に通う女子高生だ。
ミルクティーベージュの真っ直ぐな長髪にピンクのインナーカラーを入れている。目尻より長く引かれたアイラインとカールしたまつげ、涙袋が、彼女の目の大きさを強調している。見た目はとても派手で、気が強そうで――
「ほんっと、コンちゃんマジかわよね。ウチのバ代で全ドー、コンプさせたげたいわー!」
時々、私には分からない用語を使うが、勤務態度は真面目でしっかりした子だ。
「それな」「分かるー! 思わず買ってあげたくなるよね!」とうなずき合う三人。何やらおおいに盛り上がっている。私は彼女たちに近づいて、にこやかに尋ねてみた。
「お疲れ様です。皆さん楽しそうですね。いったい何の話をしているんですか?」
三人がすぐさま私を見上げる。その中で佐倉さんが、一番早く頭を下げ挨拶をした。
「あ、店長! お疲れ様でーす! 今、みんなと推しのお客さんのこと話してたんですよ!」
「推し、ですか?」
最近よく聞く言葉である。俳優やアニメキャラ、作品を応援している、という感じの意味だったような。
「そう。ウチらその人のこと『コンちゃん』って呼んでるんですけど、もうめっっちゃ可愛いんですよ! いつも紺色のスーツ着てるお姉さんなんですけど、ドーナツを選ぶ姿がね、小さい子みたいで癒されるんですー」
「紺のスーツ?」
一瞬、頭によぎったのは、この間お礼も言えなかった、あの女性の顔。私はもしやと思って、佐倉さんにすぐ確認してみた。
「その方は、紺色のパンツスーツを着て、背は160ぐらい。焦げ茶の長い髪をお団子にしている、タレ目で優しそうな女性ですか?」
「うーん。たぶんその人のことだと思うんですけど、店長、何でそんな詳しく知ってるんですか?」
それはまあ気になっている人のことですから、とはさすがに恥ずかしくて言えない。私は笑ってさらりと誤魔化した。
「いやぁ、そのお客さんらしき人を、この前見かけまして」
「ふーん。店長ってば記憶力いいですね」
「そのスーツの方が、ねこイチゴドーナツを褒めてくれてたんでね。嬉しくて印象に残ってたんですよ」
「そうだったんですね! コンちゃんはたぶん、うちの店のガチファンだと思いますよ! 来るたび色んな味のドーナツを買っていきますから! それに期間限定が好きで、新しいのが出ると絶対買いにくるんですよ! この前は珍しく来なかったけど」
「そうなんですか」
「はい。コンちゃん絶対買いに来ると思ってたんだけどなー。くまカスタードーナツ」
「仕事が終わんなかったんじゃない? コンちゃんだいたい遅い時間に来るじゃん」
「そだねー。会うのひそかに楽しみにしてたんだけどなぁ。つら」
佐倉さんたちの会話を聞いていたら、先月末の夜に、店まで走って来てくれたお客さんが居たことを思い出す。よくよく思い返してみれば、あの人も仕事帰りで紺のスーツ姿だった。
そうか。だからどこかで会った気がしていたんだ。
あの日、ドーナツの袋を抱えて笑ったお嬢さんは、可愛らしいだけでなく、芯の通った勇気ある女性だった。私はもう一度、あの人に会いたい。話がしてみたい。
「佐倉さん」
「何ですか、店長? そんな真剣な顔して」
「その推しの『コンちゃん』ですが、よくうちの店に来ますか?」
「はい。週一くらいで来てますかね」
「思ったより多いんですね。どうして今まで会わなかったんだろう⋯⋯」
「コンちゃんはウチの居る時間帯に来ることが多いんです。店長は平日ずっと厨房にこもってるし、会わなくて当然ですよ」
「ははぁ。なるほど、そういうことですか」
私は腕を組んで、うんうんと頷いた。確かに平日はバイトの子たちにレジと接客を任せていて、お客さんと顔を合わせる機会がない。カウンターに出るのは、お客さんが一気に増える土日のおやつ時くらいだ。
佐倉さんがシフトに入っている時、ということは平日の夕方、またあの人に会うチャンスがあるんだな。これは良いことを聞いたぞ。
忙しい時間帯でなければ、彼女に話しかけることが出来るかもしれない。仲良くなれる可能性があるかもしれない。
「んん? 店長。何でそんなニッコニコしてるんですか?」
「えっ? ⋯⋯ははは。何でもありませんよ。私のことは気にしないでください。今日もお仕事よろしくお願いしますね」
佐倉さんに思わぬ指摘をされ、ハッとした。どうやら私は嬉しさを隠しきれていなかったらしい。佐倉さんたちは揃って怪訝な目つきをしている。彼女たちは勘が鋭いから、私の恋心などすぐにばれてしまいそうだ。
これ以上詮索されては大変と、私は急いで休憩スペースを離れ、倉庫の中へと引っ込んだ。




