後悔するイケオジ
ハッキリとした女性の声に、私は振り返る。
いつの間にか、さっきの女子高生二人の前に、二十代後半くらいの女性が立っていた。彼女は紺のパンツスーツを着て、艶やかな焦げ茶の髪を一つにまとめ、後頭部でお団子にしている。どこかで見たことのある人だ。
しかし思い出している暇はなく、スーツの女性は女子高生へさらに質問を投げかけた。
「そのドーナツが好きじゃないのに、食べないのにどうして買ったんですか?」
「は? 何? おばさん誰よ? てか何で買ったかなんて、どうでもいいじゃん。あんたに関係ないし」
女子高生はスーツの女性を睨みつけている。自分の行いを批判されたと感じて不快になったのだろう。明らかに口調が喧嘩腰だ。このままでは言い争いになってしまう。
私は急ぎ足でカウンターを出ようとした。けれどその前に別のお客さんに呼び止められてしまう。
早く向こうへ行って、彼女たちを止めなくては……!
焦る気持ちを抑え、お客さんの質問に答えながらさりげなく視線を飛ばすと、威圧的な態度の女子高生が見える。対してスーツの女性は冷静だった。
「関係はないですけど、食べもしないのに買うなんておかしいと思います」
「いいじゃん別に! ちゃんとお金払ってるんだから! 買った物をどうしたって私の勝手でしょ?」
悪びれもせず言い放つ女子高生。私は不快感に襲われ眉をひそめてしまう。一方、言葉を投げつけられた女性は、毅然とした態度で答えた。
「それは違うと思います。だってそのドーナツは、この店の人たちが心を込めて作ってくれたものです。だから、大事に味わって食べなきゃ作ってくれた人に失礼ですよ」
彼女は女子高生を見つめて真っ直ぐに言い切る。そのココア色の瞳は強い意志を秘めていて、私は思わず引き込まれてしまった。
「食べる気がないなら最初から買わないでください。あなた以外にそれを食べたい人がたくさん居るんですから。そういうことされると迷惑なんです」
「な! 何なのよ、このおばさん! いきなり説教とかまじでキモイんだけど! ほんと信じらんない! もう行こっ!」
女子高生は顔を真っ赤にして立ち上がり、ずんずん歩いて店を出た。その友人はトレーに載っていたドーナツを持ち帰り用の紙袋に入れて、彼女を追いかけた。
スーツの女性はそれを見送ってから、深いため息をついて呟く。
「ねこイチゴドーナツ、すごく美味しいのに……。決めつけで食べないなんて、もったいないよ」
彼女は酷く悲しげな表情を浮かべていた。それを見た瞬間、私の胸の奥からじわりと熱いものが込み上げる。
この人は私の作ったドーナツを心から愛してくれている。だから面倒事になると解っていても、女子高生の子に意見してくれたのだ。
見ない振りをしてきた自分の本心を、代わりに言ってもらえた気がした。そして自分がドーナツに込めた想いを受け止めてもらえたようで、心から嬉しかった。
私は深呼吸し、スーツの女性に声をかけようと決める。一言お礼を言いたかったからだ。しかし彼女は突如鳴り出した電話に出たかと思うと、ドーナツを買うことなく一目散に店を後にした。
スーツの女性が居なくなった店内は穏やかな空気に戻っていき、揉め事の一部始終を見ていたお客さんたちは、先ほどの出来事についてひそひそ話をしていた。
行ってしまった……。あの人はいったい、何を急いでいたんだろう? スーツ姿だったから、仕事帰りか休憩時間だったんだろうか? この辺りに住んでいる人なのだろうか?
疑問が次々に浮かんでくる。私は嵐のように去って行った彼女の顔を、何度も思い返した。
しまったな。さっきすぐに声をかければ良かった。あの人はまた店に来てくれるだろうか。もしこのまま会えなかったらどうするんだ。
とっさに動けなかった自分に後悔が募る。私は長い間突っ立ったまま、閉ざされたドアをじっと見つめていた。
家族連れのお客さんが来店し、賑わいを増す店内。楽しげなお喋りの声と、甘く広がるドーナツの香りとは裏腹に、私の心は切なさと苦しさでいっぱいとなっていったのだった。
次回の投稿は5月16日(土)の予定です。お楽しみに♪
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