モヤモヤするイケオジ
――「それって、おかしくないですか?」
きっかけは、スーツ姿の女性が放った厳しい言葉だった。和やかだった店内にわずかな緊張が走る。私は揉め事が起こる予感がして胸がざわついていた。
まさかその後、この女性に恋をするなんて思いもよらなかったのだが。
飲食店とコンビニが並ぶ粋逸市の駅前に、レンガ造りの小さな建物がある。ドーナツ屋『プレジール』だ。私──天見 幸太郎は経営者兼ドーナツ職人として、一日の大半をここで過ごしている。
現在は土曜日のおやつ時。厨房から店内を見渡すと、たくさんのお客さんで賑わっているのが確認できた。
高校生や親子連れ、恋人たち、マダム。十一月に入ってより寒さが厳しくなってきたからだろう。皆、毛糸のマフラーや手袋をつけている。今日は温かい飲み物がたくさん出そうだ。ドーナツを食べて笑顔になる姿や、楽しそうなお喋りの声が、店内をより明るくしていて、嬉しくなる。
ピッ、カシャッ。
私がお客さんの並んだレジのフォローに入ったちょうどその時、不意にスマホのカメラのシャッター音がした。若い女の子がドーナツと飲み物を写真に撮っている。恐らくSNSに投稿するのだろう。
私の作るドーナツには色んな形があり、中でも人気はくまやねこ、りすといった動物の形のドーナツだ。また、イチゴ味はピンク、マロン味は黄色、抹茶味は深みのある緑といったように、味によってどれも色が違う。それゆえショーケースには、いつもカラフルな動物のドーナツが並んでおり、見た目も楽しく癒されると評判だ。
私が可愛らしいドーナツを作っているのは、そんな風にお客さんに喜んでほしいからに他ならない。実際、皆嬉しそうにドーナツを買っていってくれるし、それが一番良く売れている。しかし最近、気になることがあった。
「良いの撮れた~! まじかわいくない?」
弾む声の方に視線を向ければ、髪の長い女子高生がスマホの画面を友人に見せている。
「うん。いいんじゃない。バッチリ撮れてる」
友人が頷くと、女子高生はスマホの画面をささっと指で叩いてからにっこり笑った。
「……よし! いい感じにアップできた! じゃ、花梨にこれあげるね」
「へ? あいな、それ今食べないの? じゃ私みたいに持ち帰りにしたら良かったんじゃない?」
あいなと呼ばれた女子高生はイチゴのドーナツを指差して言った。
「うーん。てか、そもそも見た目が可愛いから買ったけど、あたしイチゴ味って甘ったるいからあんまり好きじゃないんだよね。だから花梨が食べてよ」
女の子たちの会話を聞いて、「ああ、またなのか」と酷く気持ちが沈んだ。彼女は私のドーナツが食べたかったわけではない。可愛いドーナツを友人へ自慢するために、ここへ来たのだ。そういう目的でドーナツを買うお客さんを、これまで私は何度も目にしていた。
イチゴ味は、最後まで美味しく食べてもらえるよう、甘さと酸味のバランスを調整したんだがなぁ……。
SNSで店のことを広めてくれたり買ってもらえるのはありがたい。しかし同時に切なくなってしまう。私の作ったドーナツの見た目しか、彼女には興味がなかったのだと感じたからだ。
美味しいと言って喜んで欲しいという願いも、お客さんからしたら、私のエゴでしかないのだろうけど。一生懸命に作ったものだから、せめて一口だけでも食べて欲しかった。
胸の奥にモヤモヤしたものが、溜まっていく。決して表に出せはしないが、悲しさで胸が潰れそうだった。
いかん。仕事に集中しなくては。
ネガティブな気持ちを振り払い、冷静に現状を確認する。
今レジに並んでいるお客さんは二人。後はバイトの子に任せても大丈夫そうだ。ドリンクの注文が入るかもしれないから、そちらに行っておこう。
私はやりきれぬ現実から目を逸らしたくて、偽物の笑みを作ったまま、厨房の奥へ引っ込もうとした。
「⋯⋯あの。それって、おかしくないですか?」




