死にかけ女子、素直になる
「新道さん、休憩中すみません。ちょっといいですか?」
のそりと上半身を起こし振り向くと、後輩の柿本さんが、右斜め後ろにかがんで立っていた。
茶色いショートボブで丸メガネが似合う彼女は、私より三つ年下で既婚者だ。一年前に育休を終えて職場復帰し、私と同じく事務を担当している。
柿本さんは「仕事に加えて家事育児やるの、相当きついです。私、毎日無理ゲーに挑んでるですよ」と半目でぼやきながらも、必ず振り分けられた業務をきちんと終わらせてくれる。
私なんか仕事と自分の世話だけで手一杯なのに、彼女はそれ以上のことを一人でこなしていて、心から尊敬している。産休・育休のブランクがありつつも、柿本さんはすごくやる気があって仕事の出来る人なんだ。
そんな彼女が、なぜかとてつもなくどんよりした表情で、こちらを見つめている。何か大事な相談でもあるのかなと思って、私は小声で問いかけた。
「はい。柿本さん、どうしました?」
「えっと⋯⋯。新道さん、体調大丈夫ですか?」
「へ? 私ですか?」
「はい。顔色がものすごく悪いですよ。お腹痛いんですか?」
あっ、やばい。今の私、落ち込みすぎて死にそうな顔してるみたい。
「あはは。いや、これは私のメンタルの問題だから、体調は全然問題ないですよ。それより何かご用ですか?」
無理やり笑顔を作って聞くと、柿本さんは眉を八の字にして暗い声で話した。
「すみません。ちょっと子供が熱を出したみたいで、私これから幼児園にお迎えに行かなきゃならないんです」
「そうなんですか。子供さん、心配ですね」
「はい。それで私の仕事なんですけど、まだ半分くらいしか出来てなくて、新道さんに続きをお願いして構いませんか?」
「了解です。休憩が終わったらすぐ取りかかりますね。入力する書類は柿本さんのデスクの上ですか?」
「はい。分かるようメモをつけておきます。新道さんも忙しいのに、本当にごめんなさい。お先に失礼します」
「いいですよ。気をつけてお帰りください。子供さん、お大事に。お疲れ様でした」
下手な愛想笑いを浮かべて、小さく手を振る。柿本さんは深々と頭を下げて、駆け足で休憩室を出ていった。
柿本さんのお子さん、まだ小さいし風邪ひきやすいんだろうな。これから病院へ連れていったり、看病したり、大変そう。
柿本さんの分もやるなら、帰るのめちゃくちゃ遅くなりそうだな。最悪、夜の八時回るかも。
⋯⋯って、あれ? もしかして私、今日、幸太郎さんのところに行けない?
普段の私は、自分の仕事を残業で何とか終わらせ、プレジールの閉店前ギリギリに滑り込んでる。それプラス他の仕事もあったら、営業時間内に行くのはどう考えても不可能だ。
どうしよう。幸太郎さんに、仕事が忙しくて今日は行けないって伝えるべき?
頭の奥で、「後輩のフォローで大変なんだから会いに行けなくても仕方ないよ。今日のところは諦めよう」と、弱い自分が囁いている。会ってこれまでのことを聞かれるのが怖いから、この状況を理由にまた現実から逃げようとしてるんだ。
でも、幸太郎さんが私と話したいと言ってくれてるのに、断りたくない。もうこれ以上、あの人の言葉を無視したくない。例え迷惑をかけたことを知られてしまったとしても、嫌われてしまったとしても、ちゃんと会って話さなきゃ。
逃げない。逃げちゃだめだ。そう心で唱えて、私はスマホにメッセージを打ち込んだ。
『お久しぶりです。しばらくお返事できなくてごめんなさい。今日、仕事がとても忙しくて、プレジールの営業時間に間に合わないと思います。それでも大丈夫ですか?』
私は深呼吸し、自分の素直な気持ちを書き足して、送信ボタンを押した。
『幸太郎さんに、会いたいです』
読者の皆さん、いつもお読みくださりありがとうございます!!
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