不器用女子、どん底に沈む
――「ぴゃ!」
昼休み終了の十分前、休憩室で何気なくスマホを見ていた私は椅子から飛び上がった。久しぶりに幸太郎さんからメッセージが届いたからだ。
しまった。職場の人たちが居るのに、変な声出ちゃった。恥ずかしい。
冷や汗をかきながら視線だけで周囲を確認すると、みんなうつむいて自分のスマホに向き合っている。私の奇声は運良くスルーされたみたいだ。
ホッと胸をなで下ろしてから、改めて幸太郎さんのメッセージに視線を落とす。
『お久しぶりです。仕事が終わったら店に来てくれませんか? お話したいことがあります』
ら、来店要請が来た!!
どくんっと、心臓が痛いほど反応する。嬉しさからではなく、嫌な予感からだ。
話したいことって、何だろう? RAINや電話では言いにくいことかな? 私がずっと返事をしなかったから、幸太郎さん、きっと気を悪くしただろうな。
礼儀のない人だと呆れられたかもしれない。せめて一言でも返事を⋯⋯例えば『仕事が忙しいので、しばらく連絡できません』とか、何かそれらしい理由を考えて送っておいた方が良かったかもしれない。
ああ、どうしてこんなにも上手く立ち回れないんだろうと、自分で自分の不器用さが嫌になる。
私はうつむき、今日までの己の行動を思い返していた。
――あの悪口の呟きを見た日。
私は幸太郎さんに、しばらくお店に行けないかもと伝えた。
トラブルの元凶である私が、どんな顔をして幸太郎さんに会えばいいか分からなかったからだ。
その後すぐ届いた『どうしましたか?』という質問にも、悩んだすえ返答しなかった。
本当は直接会って詳しい事情を説明し、迷惑かけたことを謝りたかったけど。
万が一あの投稿を幸太郎さんが把握してなかった場合、わざわざ余計なことを教えない方がいいんじゃないか。何も知らなければ、幸太郎さんは傷つかずに済むんじゃないか。
そんな風に思ったから、私はあえて返事を書かなかった。真実も嘘も言わず、沈黙することを選んだのだ。
自分でそうするのが一番いいと考えたくせに、毎日すごく心苦しかった。事実を隠したことによる罪悪感と、幸太郎さんと会えず、RAINも送れない状況が淋しくて、胸が潰れそうだった。
『お仕事が大変なのでしょうか? また時間に余裕ができましたら、ご連絡ください』
その三日後、幸太郎さんから届いたメッセージは、私の返事を急かすものではなかった。それどころか、私の状況を心配し気遣ってくれていて、思わず目が潤んだ。
幸太郎さんはこんなにも優しくしてくれるのに。私は全然それに応えられていない。迷惑しかかけてない。
言葉をもらった嬉しさより、心苦しさが倍増して、胃の辺りがさらにずしりと重くなった。
私のせいで幸太郎さんに心労をかけさせている。でもいったいどうすればいいんだろう。幸太郎さんのために何か、私に出来ることはないんだろうか。
せめてもの償いにと、私は匿名で、ネットの口コミサイトやホームページに応援メッセージを送ったり、職場の人や友達にプレジールのドーナツをオススメしたりした。
けれど心は重いままで、日が経てば経つほど、幸太郎さんに連絡するのが怖くなっていった。
今までRAINの返信をしなかったこと、どれだけ考えてもうまく文章に出来そうにない。かといって直接会って話せば、たぶん私はぎこちない態度をとってしまうだろう。
迷惑をかけたことが知られたら、前みたいに親しく話せなくなってしまうかもしれない。会うのが気まずくなって、もうドーナツを買いに行けなくなるかもしれない。幸太郎さんの笑顔と優しい声がもう聞けなくなるかもしれない⋯⋯。
このままじゃいけないと感じていたのに、次々と襲いかかってくる不安に押し潰されて、私は一歩も動けなくなっていた。
――改めて自分の行動を振り返ってみれば、私は最初から逃げていたんだと思い至る。幸太郎さんを傷つけたくないと、もっともらしいことを言っておきながら、結局のところ自分が傷つくのが怖かったんだ。
私はなんてずるい奴なんだろう。そうして今の今まで都合の悪いことから目を背け、幸太郎さんとの接触を避け続けてしまったのだ。
うん。ほんと最低だな、私。あの人に嫌われても仕方ないや。
自分の愚かさを痛感し、スマホを持ったまま机に突っ伏した。罪悪感でメンタルがどん底まで落ちている。申し訳なさすぎて、もういっそこの存在ごと消えてしまいたい、なんて思いながら目をつぶると、頭の上で女性の声がした。




