イケオジ、気付く
「佐倉さん。ちょっとよろしいですか?」
「あ! はい!」
声をかけると、彼女は目をきらめかせて矢須さんの隣に並んだ。何やらわくわくしている顔である。
けれど私がこれから伝えることは、たぶん彼女の期待している言葉ではないので、申し訳ないなと思いつつ口を開いた。
「佐倉さん。プレジールのために色々動いてくれてありがとう。あなたの『この店を大切に思う気持ち』、本当にありがたいと思います。ですがもう絶対に、トラブルがあっても一人で対処しないでください」
「えっ? どうしてですか? ウチ、何も悪いことしてないですよね?」
先ほどまで笑顔だった佐倉さんは、不服とばかりに顔をしかめた。私は厳しい口調で話を続ける。
「そうですね。確かに悪いことはしていない。でも危ないことをしました」
「危ないこと?」
「ええ。――今回、佐倉さんは、個人を特定し直接その人に会いに行きました。結果、矢須さんは良識あるお嬢さんだったから良かったものの、もしそうじゃなかったら? 逆上して攻撃してくるような人だったら、佐倉さんの身に危険が及んでしまいます」
「いやいや。ウチ、鬼強いんで返り討ちにできますよ?」
「いいえ、そうであったとしてもです。無事追い返したとしても理不尽に恨まれるかもしれないし、のちのち仕返しに来るかもしれない。よく知らない誰かに一人で会いに行くのは、とてもリスクの高い行為なんです」
「はあ。そうなんでしょうか」
佐倉さんは私の話にピンときていないようだった。今どきの若い子たちは、ネットで知り合った人と気軽に友達になったり遊びに行くこともあるらしいから、無理もない。私とは感覚が違うから、この心配を理解してはもらえないかもしれない。
だが今後、佐倉さんに危ないことは断じてしてほしくない。どうか伝わってくれと願いながら、私は重々しく語りかけた。
「佐倉さん。あなたは優しくて面倒見が良く、とても頼りになる人だ。私はあなたを、プレジールの大切なメンバーだと思っている。そのあなたが何かトラブルに巻き込まれたら、私は悲しいし、あなたの親御さんに申し訳が立たない。それにあなたが誰かに傷つけられたら、あなたを大切に思う人も同じように傷つくんだ。そのことを忘れず、どうか今後は慎重に行動してほしい」
言葉を切った後も、私は真剣に佐倉さんを見つめ続けた。彼女は少しの間、口を閉ざし考え込んでいたが、やがて目をつぶりうなずいた。
「分かりましたよ、店長。もう一人で突っ走りませんから、安心してください」
「はい。ありがとうございます。ぜひそうしてください」
ホッとして笑みを浮かべれば、佐倉さんも眉を下げ口元を緩める。隣に立つ矢須さんは「あたしのせいで先輩が注意を⋯⋯ごめんなさい」とまた泣きそうになっていた。
すると佐倉さんは「あーもう、泣くなって。ウチのことは気にしなくていいから」と頭をポンポンして慰めており、和やかな空気が辺りを包んだ。
しばらく時が過ぎてから、不意に佐倉さんは矢須さんの顔をのぞき込んで尋ねた。
「ていうかさ、今思ったんだけど、あいなを注意したお客さんって、あの炎上騒ぎを知ってるんかな?」
「ええと。それはあたしにも分からないです。ついたコメントを見た限りでは、たぶん本人は居なかった気がしましたけど」
「もし見てたら、自分と店の悪口ありすぎてショック受けちゃったかもね」
「っ!」
まさか千名月さんは、あの呟きを見たのか? そのせいで傷ついてしまったのか?
「そうですね。あたしの書き込みを見たら、自分のこと言われてるってすぐ分かりますから」
「うーん。その人が店に来にくくなってたら嫌だなぁ。それに自分のせいで店の評判落としたとか思ってなきゃいいけど」
「なるほど⋯⋯! 確かに彼女ならその可能性はありますね! 佐倉さんの見解、参考にします!」
「はい?」
何の参考? と言いたげな表情だったが、千名月さんのことはまだ秘密なので「や。何でもありません。こちらの話です」と笑ってごまかした。
こうしてはいられない。千名月さんに早く連絡しなければ。ちゃんと話をしなければ。
あんなに落ち込んでいたのが嘘のように、私はやる気を取り戻していた。その後、呟きの対応については佐倉さん経由で矢須さんに連絡を入れるということで話がまとまった。
彼女たちが帰宅し、私は急いでメッセージを送る。千名月さんから返事が来ることを願って――。
『こんにちは。お久しぶりです。今日、仕事が終わったらプレジールへ来ていただけませんか? 千名月さんにお話したいことがあります』




