イケオジ、気遣われる
――『幸太郎さん、ごめんなさい。今日、ドーナツを買いに行けません。しばらくお店に行けないかもしれません』
ドーナツを揚げる作業が終わり、休憩スペースで遅めの昼食を済ませた後。
いつものようにスマホを確認すると、千名月さんからRAINのメッセージが届いていた。どうやら一時間ほど前に送ってくれたらしい。
何となく千名月さんのメッセージが普段と違う気がして、『どうしましたか?』とすぐ返してみたが、反応はない。既読もつかないので、彼女はもうスマホを見ていないようである。
千名月さん、何かあったのだろうか。仕事でトラブルでもあったのか? それとも過労で体調を崩してしまったのだろうか?
この間のやり取りで、彼女が多忙な身であることはよく理解していたから、心配になる。
せめて原因が分かれば千名月さんに何かをしてあげられるかもしれないが、現状は手の打ちようがない。とにかく彼女が返事をくれるのを待つことにして、私は仕事を再開すべく、厨房へ向かった。
マスクとビニール手袋を着け、作業台に並べたくま型のココアドーナツに、ホワイトチョコで笑顔を描いていく。斜め向かいでは、先ほどシフトインした佐倉さんが、真顔でドーナツにカスタードクリームを詰める作業をしている。
静かな厨房。絶えず手を動かしながら、私は千名月さんのことばかり考えていた。
今日は千名月さん、店に来ないんだな。この一週間、ずっと会うのを楽しみにしていたが仕方ない。彼女には彼女の事情があるんだ。連絡先は知っているんだし、またしばらくすれば会えるだろう。だからへこむな。淋しいなどと思ってはだめだ。
⋯⋯だが、しばらくとは、具体的にいつまでなのだろう。
落胆する自分を、どうにか立ち直らせようとするが、うまくいかない。なぜ千名月さんが突然あんなことを言ったのか、気になって仕事に集中出来なかった。
朝早くに来たメッセージは、特に違和感がなかった。そこから昼までの短い時間に何が起きたんだろう。やはり仕事の都合か? しかしそれならば、千名月さんは理由をきちんと伝えてくれる気がする。何か詳しく言えない事情でもあるのか?
まさかとは思うが、実は私に会いたくないなんてことはないだろうな? やり取りを通じて、順調に仲を深められていると感じていたが、こちらの思い違いだったのだろうか。
これまでのメッセージで、何か不快になることを言ってしまったか? 調子に乗って少しプライベートなことまで聞きすぎたか? それとも当たり障りのない返事ばかりで、つまらない男だと思われたのだろうか?
「――ちょう」
分からない⋯⋯何が原因か⋯⋯
「店長!」
「え?」
ハッと我に返り、斜め前に立つ佐倉さんを見ると、彼女は私の手元を指差した。
「くまの顔、失敗してます」
下を見ると、ホワイトチョコで描いたくまの左目が、斜めの線になっていた。
「店長。それ左右対称にしたら笑顔にならないですよ」
「ああ。本当ですね。悲しい顔になります」
不完全なくまココアドーナツを眺め、私は重いため息をついた。
「店長が失敗するの、珍しいですね。どうしたんですか?」
「いや、何でもありません。ちょっと仕事以外のことを考えてしまいました。これは店に並べられないので、自分用にしますね」
「だったらウチが買い取りますよ。ちょうどくまココアドーナツの気分でしたから」
「ありがとうございます。じゃあ、こうしますね」
私はくまの右目を丸く描いて、左目の線を増やし、ウインクしている顔に仕上げた。
「あはっ! 可愛いー! 他のと顔違うから特別感ありますね。食べるのもったいないなぁ」
「いいえ、情けは無用です。思い切って食べてください。中途半端に食べ進めると、余計に残酷な姿になりますので」
「確かに! 良く考えたら顔が欠けて無くなっていくのって、ホラーですよね。くまが可哀想だから、ウチ、こうやって食べることにします!」
佐倉さんは眉間にしわを寄せ、大きな目をぎゅっとつぶってみせる。
「そんな険しい顔で食べるんですか?」
彼女の表情が失礼ながら面白くて、ふふっと笑ってしまう。すると佐倉さんは片方のまぶたを開いて、「店長、やっといつもの感じに戻りましたね」と明るく笑った。
⋯⋯いけない。不安が表に出ていたようだ。こんな若い子に気を遣わせてしまうとは、申し訳なかったな。
千名月さんのこと、色々と気がかりではあるが、今は考える時ではないだろう。公私混同してはいけない。目の前の仕事に集中しなくては。
「佐倉さん、ありがとう。ご心配おかけして申し訳ありません。頑張りますね」
彼女に礼を言ってから、私は頭を覆う暗雲を払うように首を振って、くまココアドーナツと真剣に向き合った。
そうして没頭すること数十分。無事に顔を描き終わり、作業台には笑顔のドーナツがずらりと並んだ。けれどそのつぶらな瞳たちは、どこか淋しそうに厨房の天井を見つめていた。




