浮かれる女子、知る
――勇気を出して幸太郎さんと連絡先の交換をしてから、はや一週間が経とうとしていた。私はあれから幸太郎さんと、毎日RAINのやり取りをしている。
文字を打つのは面と向かって会話するよりずっと楽だった。緊張して変なことを口走る心配もないし、ゆっくり考えて送信できるから。
幸太郎さんと話せるのが嬉しくて、私は朝と晩、欠かさずメッセージを送った。
『おはようございます。朝食にドーナツいただきました。チョコドーナツ全部おいしかったです』
『おはようございます。それは何よりでした。お仕事、今日も頑張りましょう』
『今日はよく冷えるので、毛布を出しました。幸太郎さんも風邪をひかないよう気をつけてくださいね。おやすみなさい』
『おやすみなさい。千名月さんもゆっくり休んでくださいね』
幸太郎さんからメッセージが来れば、飛び跳ねるくらい嬉しかった。
彼からメッセージが届くようになってから、私はスマホを常に側に置いて確認している。もはや監視してると言っていい。
幸太郎さんとたくさん話せるのは夜、お互いの仕事が終わってからだ。ドーナツの話はもちろん、その日あった小さな出来事を話したりした。
ある日の夜、幸太郎さんが仕事のことを尋ねてきたので、私は現状を説明した。
『千名月さんはいつも遅くまでお仕事されてますよね。繁忙期なのですか?』
『いえ、そういうわけではないです。ちょっとうちの職場が人手不足でして』
『それは困りますね。入社されてからずっとですか?』
『忙しくなったのは、半年くらい前からです。その時期に立て続けに若い子が辞めたり、産休に入ったりしたので、私はその穴埋めをしてる感じです』
『大変ですね。新しい人が早く入ってきてくれるといいのですが』
幸太郎さんの返事に「ですよねー!」と大きく頷いた。私もそれを切実に願っているところだ。
けど現実は甘くない。新しい人を採用するには時間がかかるし、そもそもうちの会社は給料があまり高くないので、求人募集しても誰も応募してくれない。人が減ってもハイすぐ補充とはいかないのだ。
私の入社当初からギリギリの人員でやっているのに、それより人数が少なくなったら仕事の量がさばけない。だから今居るメンバーで残業してフォローをしなきゃならなかった。
特に私は独身で子供も居ないし、周りから身軽だと思われていて、仕事を多く割り振られることが多い。毎日遅くまで残業しているのはそのせいだ。
ここ最近、いつまでこんな働き方が続くんだろうと、漠然とした不安にかられていた。かといって今の会社を辞めてしまうのも怖い。三十路でたいした取り柄もない私を雇ってくれる場所が他にあるか、分からないから。
日常に疲れ果てた私にとっての癒しは、プレジールのドーナツだった。そして今、幸太郎さんのおかげで、より仕事を頑張れている。あの人と言葉を交わすたび、「好きだ」って気持ちがどんどん大きくなっていくのを感じる。
もっと幸太郎さんと、近づきたい。早くあの人に会いたい――。
RAINのやり取りを始めて、ちょうど一週間後。私はお昼の休憩中にスマホを見ていた。人のまばらな休憩室で椅子に座りつつ、プレジールのホームページをスマホで開いた。
今日の仕事は順調だし、帰りに寄れるよね! 一週間ぶりに幸太郎さんに会える! 楽しみ!!
ニヤニヤしながらカラフルなドーナツの写真を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「あら! 新道さん、それ粋逸駅近くのドーナツ屋さん?」
「! はい、そうです」
びっくりしたぁ。栗原さん(パートのおばちゃん)か。
私はゆるゆるの顔を引き締め、身体ごと振り向いた。栗原さんは立ったまま、朗らかに笑う。
「あそこのドーナツ、ほんと美味しいわよね〜。休みの日によく行くんだけど、家族に買って帰ると、ものすごい勢いで食べられちゃうのよ〜」
やった! ここにもプレジールファンが居た! と、私は内心固い握手を交わしたい気持ちになる。
「美味しいですよね! 私もプレジールのドーナツ、大好きなんです!」
「あそこ評判いいわよね〜。ドーナツの種類も多いから、何回も通いたくなっちゃうし。でも娘から聞いたんだけど、ちょっと前に、呟き? とかいうので良くない書き込みあったらしいわよ」




