落ち込む女子、威圧される
――プレジールで動物ドーナツを買った後、私は一人暮らしをしているマンションの部屋に帰ってきた。
暗く冷え切った室内。私は入るなり電気とエアコンのスイッチを押し、スーツから部屋着に着替えた。
冷蔵庫にあった残り物をレンジで温め直し、食べながらぼんやりと先ほどの店長さんたちのやり取りを思い返す。そうしたら余計に不安が募ってきて、食事があまり喉を通らない。せっかく買ったドーナツも全然食べる気が起こらなかった。
このままじゃだめだ。何とかしなきゃ。
どうにか夕飯を完食してから、スマホをかばんから出し、実果にRAINを送る。
『お疲れさま。今、話せそう?』
メッセージはすぐ既読になり『OK』と書いたスタンプが返ってきたので、私は電話をかけた。
『もしもし』
『お疲れー。どうしたの?』
『うん。さっきね、プレジールで店長さんに会えたんだけど』
『そうなんだ。良かったじゃん』
『でもちょっと気になることがあって』
『何よ?』
『今日たまたま店長さんの友達が来てたんだけど、店長さんを女の子に会わせようとしてたんだ』
『紹介しようとしてたってこと?』
『たぶん。友達の人は、女の子たちに頼まれたって雰囲気だった。その時、店長さんは、会わないってきっぱり断ってたんだけど⋯⋯これってもしかして、友達には内緒だけど、実は付き合ってる人が居るってことなのかな?』
『うーん。まあそうとも言い切れないけど、可能性としては高いね』
『普通、既婚者に女の子を紹介しないだろうから、結婚はしてないんだろうけど。でも店長さんはすごく素敵な人だから、恋人は居そうだなって思って』
『ふーん、なるほどねぇ。で、落ち込んで私に電話してきたわけだ』
『うん』
小声で返事したら、電話の向こうから呆れたようなため息が聞こえた。
『私、この前言ってたじゃん。恋人が居るかもよって』
『うん。そうだよね。初めから忠告してくれてた。実果に言われたこと、ちゃんと分かってたはずなのになぁ』
あの時はそこまで現実味がなかったから、ダメージも少なかった。でも今日は、店長さんに恋人が居る可能性を改めて強く感じて。一人では抱えきれないくらいに苦しくなってしまった。
何も言葉が出なくて、私が黙り込むと、実果は珍しく心配そうな声で尋ねてきた。
『仮にそうだったとして、千名月はこれからどうするつもりなのよ? 恋人が居たとして、その人からイケオジを奪いたいの?』
『奪うって、そんなの考えたこともないよ! 確かに店長さんのことはすごく好きだけど、でも、私は誰かを悲しませる選択はしたくない』
『だよね。あんたはそう言うと思ってた』
『⋯⋯私、もう諦めた方がいいのかな』
泣きそうになりながら問うと、実果は明るくさらっと返してきた。
『別にいいじゃん。そのまま好きでいたら』
『だって』
『今すぐ答え出さなくて良くない? イケオジが恋人と別れる可能性だってあるんだし。とりあえずこのまま客として通い続けたらいいじゃん。千名月が好きで居続けるのが辛くないんならさ。でもそれが難しいんだったら、もう勝負に出たら?』
『勝負?』
『そう。告白するの。失恋するなら早い方がいいよ。想ってる期間が長いほど、忘れられなくて何年も引きずるから』
『そうなの? 今でもこんなにへこんでるのに? 失恋って怖い』
『あはは。何ビビってんの。まだ一回目でしょ? 大丈夫。だいたいの人はそこを乗り越えて生きてるから。負けんな乾物系女子』
『水分無くなってるじゃん。せめてドライフルーツ系女子と呼んで』
『何その意味不明なこだわり。どうでもいいんだけど』
『女子のイメージでわかめは嫌でしょ。ドライフルーツの方がマシじゃん』
『わかめは優秀だよ。めっちゃ長持ちするし味噌汁に入れたら美味いしサラダにも出来るし。わかめに謝れ』
『何でそんなわかめの肩持つのよ』
言ってから、これ何の話だ? と思って笑いが込み上げた。実果と冗談を言い合ってるうちに、気持ちが軽くなってくる。我ながら単純な性格だ。電話の向こう側で実果も笑っている気配がした。
『千名月さ、今日イケオジに会えたんだよね? 元気そうだった?』
『え? うん。そうだね。元気だったと思うけど』
『ふーん。そっか』
『何? どうかした?』
『いや、まあイケオジが気にしてなさそうならいいんだけど』
『ちょっと気になるじゃない。何のことか教えてよ』
『千名月は絶対気にするからだめ』
『ええええ』
何なのよ、もう⋯⋯。
『とにかく今は様子見しなよ。恋人居る説はまだ確定じゃないんだし。単にイケオジは今、恋人が欲しくないだけかもしれないし。もしかしたらちょっと、千名月のこと気になってるかもしれないよ、なんちゃって』
『え!? ほんとに!?』
『嘘、冗談。そんな喜ばないで。良心が咎める』
『こら! 言っていいことと悪いことがあるよ!』
『今のは私が悪かった。ごめん。それはさておき、イケオジと少しは進展あったの? プライベートな話とか聞けた?』
『いや、特には。ドーナツの話ならたくさんしたんだけど』
『⋯⋯は?』
あっ、やばい。これ怒ってる時のトーンだ。
『千名月。あんた本気でイケオジを落とす気あるの?』
『ありましゅ』
噛んだ。
『そうか分かった。あんたは明確な目標がないとだめなんだね』
『目標?』
『次、イケオジに会ったら、絶対に連絡先を聞き出すのよ。分かった?』
『え。そんな急に』
『ごちゃごちゃ言わない。聞け』
『⋯⋯ハイ。頑張りましゅ』
いつも以上に低い声で威圧され、素直に頷くしかない、私。
机に置いたドーナツの袋を見つめ、店長さんを思い浮かべながら、「そんなの無理ぃー!!」と脳内で叫んでいたのだった。




