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証拠の押収、王都へ

神殿の灯りを背後に佇む魔法使いに、ラキュウスは身構えたまま問う。


「エルバを滅亡に導いた魔法使いだな」

「私の噂をご存じですか……」


「貴様は忘れただろうが、お前はセシルを陥れ、私達の研究を阻んだ……発展の邪魔は楽しいか?」


忘れもしない。同志であった大聖女を失った最大の原因はこの魔法使いにある。

その事をルーメンは今も深く悔いており、ラキュウス自身もまた、同じ気持ちだった。


この魔法使いは心を惑わす。

人の善意も悪意も、意のままに。


自分の望む展開へと誘導する悪魔だ。


ラキュウスは剣を握る手に力が入った。


「……あぁ、あの時の。いや、まぁ覚えてますよ。気高い犠牲の心を持った大聖女だった。瘴気溜まりから生まれた異形を前にしても、私が幻覚で生み出した民衆を健気に庇って……!連れの青年がせっかく止めたのに、ねぇ」


魔法使いは記憶を掘り起こしたかのように手を叩き、愉快と言わんばかりの態度だった。


ラキュウスは煮えたぎる感情を押し込み、鋭い視線に止めては吐き捨てるように告げる。


「貴様……神殿やロイドに国の支配を謳って、本当のところはシルドバーニュの崩壊が目的だろう」


「さぁ。それよりユリアンは一緒じゃないのですか?ドラゴンの目撃情報があったようですが」


「……言えないな」


ラキュウスが答えた瞬間、魔法使いは手をかざし今度は地表が青白く光り始める。


すると背後の兵士や神殿騎士、聖女までもが次々に倒れ、魔法使いは笑ったあとしゃがれた声で言った。


「さておき……閣下がわざわざここを襲ったのは浄化石について問うためだけではない、大方神殿の弱みでも握るつもりでしょうか。もしや別の部隊が?このまま放っておきたくはないですなぁ」


その時、閃光弾が上がった。

レナード達が証拠を押収した合図だ。


その光に魔法使いが視線を向けた瞬間、スレイの声が響く。


「――閣下、下がって!」


直ぐ後に魔法使いの足元へと手榴弾が投げ込まれる。

あらかじめ決めていた手筈通りだ。


ラキュウスは地を蹴り上げて退避し、倒れた神殿騎士の盾を使い爆風を防ぐ。


その砂埃が消えないうちに、馬の蹄の音が近づき片手で手綱を引くベリルが現れた。


「証拠は押収した。悪いが差し出す手がねぇ、自分で乗ってくれ」


すぐさまラキュウスは鞍を掴み乗馬する。

それを確認したベリルが脚で馬の腹部を圧し、嘶きと同時に馬は走り出した。


目指すは鐘楼の最上階。

神殿の内部に向かうラキュウスらとは反対にレナードとゼノらとすれ違う。


ラキュウスは声を張り上げた。


「……あいつが魔法を使う時、青白く光る!注意しろ!」


天井の高い神殿内にそのまま侵入し、ラキュウスらは鐘楼に通じる螺旋階段まで馬を走らせた。


流石に階段は狭く、馬から降りて駆け上がっていく。


ユリアンとニッカには三度目の閃光弾が上がった時が、合流の合図と事前に打ち合わせてある。


最上階で閃光弾を打ち上げる予定だが、階段を駆け上がりながら小窓を見遣ると、青白い光と共に驚愕のものがラキュウスの目に映った。


魔法使いによって生み出されたであろう三つの首の獣。のようだが、それは人間の手足が組み合わさって出来ているように見える。


まさか仲間の兵や神殿騎士が使われているのか?


思わず立ち止まったラキュウスに先導していたベリルが声を荒げた。


「おい、なにしてる?」


「……あれはなんだ……実体があるのか……?」


ラキュウスの言葉に外を見たベリルは険しい表情を消して目を瞠った。

だが幾許もなく再び瞳に鋭い光を宿す。


「考えたくねぇな。さすがのあんたでも動揺するか……だが行くぞ」


「……あぁ。分かっている」


ラキュウスは頷いたが、しかしその表情は強張ったままだ。


「ラキュウス辺境伯。あの魔法使い、足止めまで出来りゃ上等だったが、あの様子じゃむしろ追い詰められるのはこっちかもしれねぇな」


納得せざるを得ない言葉にラキュウスは奥歯を軋ませた。

しかしベリルは前を見据えたまま続ける。


「だが、悲観することもない。落とし所次第じゃ互角だ」

「なに?」


仲間の身体を使った術を見て不快感の余韻が続く頭に、ベリルの言葉は上手く入ってこない。

思わず聞き返したラキュウスにベリルは走りながらこうも言う。


「そもそも魔法は無限なのかって話だよ」


「何を言い出す……?」


「年齢だ。あの爺さん、よく考えりゃいくらなんでもおかしいよな……エルバが滅んだのは最近じゃねぇだろ…」


唐突かつ根本的な問いに、ラキュウスはベリルの背に眇めた視線を向けた。


その話ならば実しやかな噂を耳にしたことがある。


「ユリアンが擬態だけでなく性質まで引き継げるように、応用がきくようだ。自分自身に魔法をかけて騙すことで本来の寿命以上に生き永らえていると聞いたことがある……今それが重要か?」


最上階へと辿り着き、横腹の軽い痺れを感じ息を切らしながらラキュウスが答えるとベリルは振り返り、同時に口端を緩めた。


「あぁ、重要だ。つまりそれでいくなら魔法を常に展開しているわけだろ?消耗してるはずだぜ。さっきの怪物がいい例だ。あんなもん出すよりも、あんたの兵が倒れたみてぇにすれば直ぐに片がつく……」


言われて、ハッとした。

ラキュウスは考えると同時に言葉に出していた。


「出来なかったということか……」

「魔法がどんなもんか知らねぇがな」


ベリルが閃光弾の残数を確認すると、すぐに空へと撃ち放った。


三発目の発射、ユリアン達を呼ぶ合図だ。


「確かに……効果の大きい魔法は負担が大きく、そう何度も打てない可能性はある……ルーメンも回復は必要だと言っていたな」


ベリルの言葉をきっかけにラキュウスはかつてルーメンが何気なく言った言葉を思い出した。

ラキュウスは再び外へ目をやった。


魔法使いは怪物を従え今もなお交戦しているが、レナードが連れていた兵士とスレイが倒れている。


今はまだゼノとレナードが持ち堪えているようだが時間の問題とも言えるだろう。


しかし冷静に見れば窮地であること以外にも見えてくるものがあった。


「……ルーメンと同じタイプだな」

「なんだって?」


ベリルの影響か、ラキュウスは元の冷静さを取り戻していた。


「幻術で作り出したものから離れられない。だから我々にまだ追いついてないわけだ」


静かに告げた。


アリアの探知魔法などは魔法の展開範囲というものに囚われない。


しかし魔法の効果を付与するような術は展開範囲が限られる。


ルーメンは瘴気の研究の傍ら、何かに導かれるように出会った魔法使いらから学んだことがあると言っていた。


まさに幻覚の魔法使いはそれだ。


あの怪物を従え応戦しているからこそ、ラキュウスらを追ってこれないのだ。


ただし地上の二人が持ち堪えている間に限るが。


ラキュウスは外を警戒しているベリルに浄化石が狙われていた理由を明かし、急ぎ聖女の廃棄記録の控えを確認した。


「……なんで俺に話す?」


「リスクの分散だ。逃げきる事に焦点を当てたとしても、やはりあれは手強い……最悪どちらかが王都に着けばいい……」


ラキュウスは魔法使いの言葉を思い出しながら言った。


放っておきたくない、つまり王都に向かわせるつもりはない。そう言ったのだ。

であれば何が起きてもおかしくないのだ。


しかしベリルは言い放った。


「弱腰か。その証拠はあんたが持って行くんだよ。浄化石も一緒にな」


「だからリスクの分散だと……それに浄化石は必要ないだろう」


唐突な物言いに訝しむが、ベリルは極めて冷静に言った。


「神殿の奴らが言ったんだろ?浄化石で王都の大聖女様の力を増幅させようって発想は悪くない。その策を頂こうじゃねぇかって話だ」


ベリルはルーメンの依頼で所持していた浄化石をラキュウスへと差し出した。


まさかヒストリアの力を更に増幅させる装置にしろと言いたいのか。


その提案にラキュウスは納得する一方で、しかし手放しに頷くことなど出来なかった。


「瘴石の採掘のために、ここに必要だ」


現在生成に成功している浄化石はこの一つ。

この国の聖女制度を発展させるために重要な希望なのだ。


そう簡単に実験的に用いるのは避けたい。


「国が乗っ取られりゃ採掘もクソもねぇだろ」

「……これを移動させれば新たに張った結界が解ける」


「今度は人の心配か?採掘現場は引き上げさせてる。それにまだ開拓されてるわけでもねぇ」


「だが……王都に持ち込むことでそれが万が一神殿の手に渡れば?」


なにより王都に持っていけば必然的に神殿の手にいつ渡ってもおかしくない状況を生み出してしまう。


「あんたは必ず証拠と共にヒストリアにこれを届ける。敵の手に渡すわけがない」


確かに証拠はなんとしてでも届けるつもりだ。


「わざわざこれを持ち出す価値はあるのか?」


なにより、ヒストリアとルーメンの力だけで十分ロイドに対処できるのではないか、そうラキュウスは期待しているのだ。


だがベリルは剣呑な目つきで浄化石をラキュウスの胸に押し付けた。


「……あんた、自分で最悪を想定して動くつったよな。これは最悪が起きた場合の保険だ」


ラキュウスがレナードに対して諌めた際の言葉だ。


「俺にとって最悪とは思いついた時に行動せず、まぁ次でいいかと先送りにする事だ。思いつきってのは案外当たる。流しちまうと、だいたいロクなことにならねぇよ」


ラキュウスは、自分よりも歳若い男の経験則を語る口振りに、どこか深い後悔が滲んでいるのを感じた。

そして無意識に胸に押し当てられた石を受け取っていた。


溜息を溢し頷く。


「……分かった、いいだろう」


ラキュウスの了承を確認したベリルは視線を外へ向けた。

少しして空に銃声が響く。


ドラゴン姿のユリアンに乗っているであろうニッカのものだ。


「おい、来るぜ。ついでにこっちのバケモンも」


魔法使いはレナードとゼノを倒したのか、異形の怪物を使い強引に塔を登ってきている。


それを見たベリルがすかさず拳銃を下ろし銃口を向けると一発、怪物に当たり動きが鈍る。


「ここまで時間を稼げたなら、こいつは意外と見掛け倒しかもしれねぇぞ」


ラキュウスに向かって言うなりベリルは外へ身を乗り出した。


「まさか飛び移る気か?術を解かれたら落下して死ぬぞ!」


距離を測っているのかこちらに見向きもしないベリルは視線を怪物に留めたまま言った。


「ラキュウス辺境伯。……思い出したことがある。エリザベートは神官の助言でハープを弾くようになった。なにか関係があるかもしれねぇ、ヒストリアに伝えてくれ」


「待て、ベリルっ!!」


唐突に告げるなりベリルは直ぐそこまで迫る怪物に銃弾を二発打ち込んだあと、魔法使い目掛けて飛び降りた。


ラキュウスは絡れ込みながら暗闇に落下してゆく様に目を瞠り、しかし風圧を受け顔を挙げる。


「閣下!!」


ニッカの声だ。残ったのは自分達だけか。

ユリアンと共に現れた姿に一瞬迷ったが、ラキュウスは眉根を寄せた。


今は王都に向けて進むしかない。

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