神殿の真意
ラキュウスの視線は神殿から漏れ出る白い煙に注がれていた。
まやかしか、それとも本物か。
どちらにせよ煙の勢いや色味からして火災が起きているわけではないようだ。
風が吹き鼻を掠めるのは、焦げついた火薬の尖った臭い。
煙幕、そう結論づけラキュウスは眉間の皺を一層深めた。
神殿内部に立ち込める煙を避けるように神官と配属された聖女らまで外へ出てきたためだ。
それにより私兵が戦い辛くなってきているのは間違いない。
まるでこの煙幕はラキュウスが事情を知らない聖女達を巻き込む性格でないと見透かしている。
ラキュウスは奥歯を密かに噛み締めたのち、胸を上下させ浅く長い息を吐き周囲を見渡した。
神官長の慌てる姿からして彼らの思惑があって起きたものではないだろう。
騎士に守られながら一目散に逃げる男の丸い背を見つけ、ラキュウスは声を張り上げた。
「神官長を捕らえる!!援護しろ!」
高らかに宣言し、逃げようとするその背を剣で示すと馬を走らせた。
あの煙幕が神官や聖女といった中の人間を外に出し混乱させる目的だとして、安易に乗ってやるものか。
掛け声に反応した兵士らは行く手を阻む騎士らを圧倒する。ラキュウスは勢いのまま神官長の耳元に剣を投げつけた。
軽い威圧のつもりだったが、神官長はその場にへたり込み振り返ると唇を震わせ狼狽えた。
「このような暴挙っ……大司教様が知ればお怒りになるぞっ!!」
「報が届くより先に神殿が失墜すればどうにもできまい」
「……っ、そもそも汚職など……どの地区だって多かれ少なかれやっていることだ。あんただって見逃していただろう、なぜ今さら……」
「分からないか?その件は貴様の顔を見るためのただの口実だ……本当に聞きたいのは、なぜ浄化石を狙うかだ」
馬を降り、地に刺さった剣を引き抜いてその喉元へ突き立てて問う。
ラキュウスの脅迫に、聖騎士らの動きは止まり、ざわめきが、しかし次第に緊張感へと代わりに徐々に落ち着いてゆく。
困惑する視線がラキュウス達へと集まっているが、その中にどこか愉しげな好奇の色が混じっている。
「ひっ……」
「貴様らが妨害する理由を言え。なぜ回収しようとしている?研究が進めばこの国は浄化石による結界の構築が可能となり、聖女の負担が減る。奪い合う必要はないだろう」
問えば、神官長の顔が強張った。
最大の目的は証拠の奪取だが、謎を残したまま進むことは出来ない。
ルーメンとベリルの証言を照らし合わせれば、襲撃者の男二人の考えは割れていたという。
一方は浄化石を最優先とし、生き残り撤退した男はユリアンの殺害を優先した。
そして合流時のベリルの発言。神殿の騎士が襲撃者の生き残りと共に奪いにきたという。
これは見逃してはならない問題なのだ。
浄化石の回収、ヒストリア、ユリアンの殺害。
この三つの任務に対し、優先順位が異なったのは単なる偶然じゃない。
浄化石を欲しているのはおそらく神殿。
しかしその行為にロイド側の合意はない。
襲撃者の男の死体についても、魔法使いが潜伏し、神殿の目的を探るためだと考えればつじつまが合う。
でなければ、神殿は真っ先に魔法使いを戦力として投入するはずだ。
神官長が喚きながら探していた男は傭兵だった。その発言からして魔法使いの存在に気付いていない。
神殿はロイド側に何かを隠し、そのために浄化石を欲している。
そして魔法使いは神殿が何を隠しているか知りたがっている。
確信を持ってそう言える。
――――ラキュウスは襲撃前の会話を思い出していた。
「仮定の話ではあるは……ベリルの推測が事実だとした場合、魔法使いが正体を隠してこの神殿にいるという事は、まだ神殿側に浄化石を渡すつもりがない。そう考えて良いだろう」
「あぁ、この神殿に加勢しているとは思えない立ち回りだからな」
ラキュウスらが辿り着くまでに浄化石を狙われたという情報は、敵の魔法使いが神殿と一枚岩でないことを示す、実に不可解なものだった。
本当に手に入れるつもりならば騎士でなく、魔法使いが前に出れば良い。
性格からして争い合う様を楽しんでいただけかもしれないが、あえて力を使わず様子見していたとも捉えられる。なにより聖騎士らは傭兵として襲撃者の男を扱っていたことこそ後者と判断するに足りる。
納得するベリルの傍らで元神殿騎士の男、ゼノが頷いた。
「やはり、明日が婚礼の儀というのにまだここに居るのは、神殿に対して何か探りを入れているのでしょうか……」
冷静に告げる言葉はラキュウスの考えと同じものだった。
「それより、その魔法使いどうやって王都まで戻るつもりなんだ?戻るつもりないのか……それともユリアンみたいに何か移動手段があるのかな」
唐突にスレイが問いを投げ、ベリルが眉を顰めた。
明日は婚礼の儀。
確かに今ここに居るとなれば帰る手立てはどうするつもりなのか。
スレイの言う通り、そもそも立ち会うつもりがない、あるいはユリアンと同じように高速移動が可能なのか。
「手段は分からないが、なにか移動手段があるのだろう。婚礼の儀を見逃すような性格ではない」
どちらにせよ、潜伏しているとみられる魔法使いを引き付け、真意を見極める必要がある。
もっと情報が必要だ。
目的を知らなければ断罪に支障をきたす可能性があるのだ。
そして可能なら辺境に留まらせたい。
――――ラキュウスは神官長を見下ろすと声を低くし告げた。
「大人しく吐けば手荒な真似はしない」
神官長はラキュウスの冷徹な視線に慄き、土で汚れたローブを引き摺り尻餅をついたまま後退る。
「浄化石は、その……大司教様の命でして、私にはなんとも……っ」
たどたどしい物言いだった。
しかし引き攣った表情に迷いの色が混じるのをラキュウスは見逃さなかった。
情報を漏らした後と今目の前の制裁、どうやらこの男は知らぬ存ぜぬを選ぼうとしている。
それを良しとするわけがなく、長い脚で距離を詰め片足で神官長の手首を砕くように踏みつけた。
「ぎ、ぁああ゛っ!!!」
「命までは取らない。口がきけなくなると困るからな。ひとまずこのまま指を詰めてみるか?」
剣を垂直にし、踏みつけたことで大きく開いた指に狙いを定める。
「い゛っ……言います!お話ししますっ……イクシス様の聖力が弱体化しているからでございますっ……」
神官長が吐き出した言葉は大聖女の権威を揺るがす内容だった。
大聖女の力が消えるなど聞いたことがない。
ラキュウスは瞼を閉じ、神官長の言葉を咀嚼するように理解を落とし込んでは吐息を零す。
「……大聖女の弱体化か。しかしそれは、浄化石が”今”必要な理由にはなっていないが」
手首を踏みつけていた足にぐっと力を込めた。
すると神官長は呻いたのち、弾かれたように続けた。
「ひぃ゛っ…!!大司教様が、……大聖女には聖者の力を相殺する力があると……しかし今のイクシス様では到底無理でして、……ならば浄化石があればと……っ!」
それから薄い口は一息に神殿の真意を吐き出した。
「っ、……こんなことを知りたがるのなら、王宮の出来事もご存じなのでしょう!?王女の結婚にも反対されておりましたし、どうか誤解なさらないでください。我々は同志なのですよ、閣下!!魔法使いを統べる聖者ロイドの脅威に対抗すべくっ、イクシス様に御していただくために!!浄化石を回収したい所存でして……っ!!」
「なるほど、理解した」
自分の身可愛さに全て吐き出した神官長にラキュウスは浅い笑みを落とした。
何故この男だけ人事を変えなかったのか、分かったような気がしたのだ。
派遣するにあたり神職の人間に有能な人材が乏しいのだろう。神官は聖騎士と違って訓練されていないのは勿論だが、昇進にはとにかく金と権力。
腐敗した迎合主義の集まりだと聞く。
ラキュウスは手首から足を退かすと視線を上げ、周囲を見渡した。
「使い物にならないと決め込んだヒストリア嬢が大聖女の力を発揮したのは貴様らにとって予想外だったのだろう。そしてロイドを抑える手掛かりとなる彼女を掌握出来ないと分かり、浄化石だけでも支配下にあるイクシス様の元へ納めようと考えたわけだな」
神殿は大聖女を、国の守護者達を道具としか考えていない。
そこに携わる者達も彼らにとってみれば道具の一つに過ぎないのだろう。
ゼノのようなまともな思考の人間を排除し、神殿の意思に迎合し私欲を満たさんとする者だけを留まらせる。
おそらく王族すらも、国を機能させるための旗印としか見ていない。
「そのような言い方は……これはすべて国のためでございますっ!聖者を御するためでしてっ……そうです、魔法使いとロイドを共に制しましょう閣下!」
手首を庇いながら神官長は猫撫で声でラキュウスに擦り寄る。
その男を無視して、ラキュウスは違和感を確信し周囲を警戒する。
先ほどから続く視線の正体は、まだ出てこないのか。
焦ったに苛立ちを覚え始めたその時……。
「なるほど……確かにそれはロイド様に知られては困る。こそこそとドブネズミが何をしているかと思えば……」
ふっと、長身の男がラキュウス達の前に現れ、神官長は声を上げた。
「いったい今まで何をしていたっ、お前のような傭兵に対価は払わんからなっ!」
男を目の前にして神官長は声を荒げた。
しかし男は飄々とした調子でラキュウス達の周りをゆっくりと歩く。
「いやぁ、援護しましたよ。しかし辺境伯の私兵はブレなかった。よほど練兵されている」
神官長は傭兵と言ったが、ベリルの言っていた特徴と類似している、魔法使いの可能性が高い襲撃者の男だった。
そして男は徐に神官長に向かって手をかざすと青い光を撃った。
それは一瞬の出来事で、光が頭を包んだかと思えば神官長はどさりと倒れた。
「さすが欲深い。実に欲深く短絡的だ。面白いものを見せてもらった……潜んでいた甲斐があったということよ」
そして男の姿は霞がかったように消えて、代わりにローブ姿の老齢の男がそこにいた。
やはり魔法使いだったのだ。




