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使い捨てられた騎士と聖女

――――同時刻、シルドバーニュ北部ルキリュ領の辺境伯である王弟ラキュウスは隊を引き連れ馬を走らせていた。


少し離れ先頭を行くのは乳兄弟である騎士レナードだ。

追随し、日差しを塞ぐ深い木々を駆け抜ける。


目指す場所はディート地区にある村、ではなく丘陵に建つ地区の神殿から少し離れた森林であった。


ヒストリアが協力を要請するよう進言した男ーーベリルが合流地点と指定した場所である。

というのも先に放った使者が意外なものを持ち帰ったため進路を変えているのだ。


それは手書きの地図と男のものであろう一筆添えられた紙。

ベリルという人間が要請に応じたことよりも、ラキュウスは使者が持ち帰ったその紙に驚き、そして速やかに要求に応じることにした。


どうやら彼は目的の意図を汲み、兵を忍ばせる好条件が揃った場所を合流地点として指定している。


当初は先鋒として使者を送ったものの最終的には自ら村へ赴き正式に協力を願い出るつもりだった。しかしその必要はないらしい。


進言どころか、一方的な手紙はまるで指示書だ。

急務であるため非礼を見逃されると見透かしているのか、はたまた無自覚か。


会ってみなければ定かでないが、しかし度胸があることだけは確かだと分かり悪い気はしない。


「閣下。この辺りで一度休憩を取りますか?」


前方のレナードが速度を緩め振り返り、ラキュウスは片手を挙げて応えた。


レナードとはもう随分と長い付き合いになる。

今でこそ閣下などと畏まって呼ぶようになったが、昔は名で呼び合うほど心を預けられる存在である。


そしてラキュウスには、レナードの他にもう一人、気を許せる相手がいた。

もう二度と会えない相手だ。


――――歳の離れた友人であり、剣術の指南役だったハリス。

今になって思えば、王宮配属の神殿騎士相手に友人と考えるのは烏滸がましかったのかもしれないが、やはり今でも友人だと考えている。


その人物は剣術の指南役でありながら気さくで、姿を見つける度に稽古外でもレナードと共に声をかけに行くほどだった。


休憩を終え、神殿の佇む丘へ走らせながら、ラキュウスは走馬灯のように昔のことを思い出す。

選定の儀に興味を抱いたのはいつだったか。


レナードの年の離れた妹が選定の儀を受ける歳になり、見に行きたいと思いついたのはラキュウスで、レナードも便乗し二人で盛り上がっていたように思う。


その興奮のまま父王を説得し、その足でハリスに報告した。

すると意外にもハリスは渋い顔をした。


「――いやぁ、必要ないんじゃないですか。なんだって選定の儀の見学を?」


「ハリスだって同行するだろう?」

「まさか私が行くからですか!?」


刮目したあと髪を掻きむしりながら、”まるで金魚の糞だ”と小声で言ったのが聞こえ、ラキュウスはムキになって声を張り上げた。


「そうじゃない!」

「まぁ子供は大人のすることが気になりますもんね……でもお守りは勘弁してくださいよ」

「だから違うと言ってるだろう!」


「じゃあ何です?ラキュウス王子が教師から習った通りですよ。知識としては十分でしょう」


どうやらハリスは同行することに良い気がしないようで、正論を述べるように言った。


「いいや。国の重要な行事をこの目で見て知っておくのは必要だ。王族として見届ける義務があるだろう!」


「王族としての義務ですか……そういうのはラキュウス王子の兄君に是非意識して頂きたいところですが」


ハリスは大袈裟に肩を落としては溜息を零す。

あからさまに話題を変えんとばかりの態度に腹が立ったのは言うまでもない。


なぜなら報告すれば褒めてくれると考えていたのだ。


国のために尽くすことは立派なこと、そう言っていたのは他でもないハリスだった。


であるならば、ラキュウスとレナードが見識を深めるために行動したことを、褒めて然るべきだろう。


「兄のことはいいだろ。とにかく私はレナードを連れて同行するぞ!出番はないと思うが、お前の勤めも見届けてやるからな」


「はいはい。出来れば止めといて頂きたいですけど、……安全なとこから覗いてくださいよ~。団長に叱られるの俺なんで。指南役ってだけで何かありゃこっちにとばっちり来るんですから」


まるで煙たがるような返事をするハリスにそれから暫く不貞腐れていた。

だが、その後ハリスがラキュウス達の同行に渋っていた意味を知る。



貴族の子女らを中心とした選定の儀式、その儀式でハリスは死んだ。


儀式の最中に現れた異形の怪物。

瘴気溜まりから発生したであろうその怪物から聖女と貴族の娘達を守り殉職したのだ。

ハリスが庇った娘達の中にレナードの妹もいた。


突然の大型の怪物の出現に聖女は対応出来ず、騎士らが迎え撃ったが負傷したハリスは自分を犠牲に避難の時間を身を挺して確保したのだ。


今になって思えばあれは単に使い捨てられたようにも思う。


教師からは、儀式は中堅の上級聖女が同行し結界の外に出て聖力を確かめるといった趣旨で、怪物に襲われる危険と隣り合わせなど知らなかった。


ハリーの死は受け入れがたいものだったが、国を守るために必要な犠牲もあるのだと言われ納得した。ふりをした。



正直な気持ちはこうだ。


――こんなことをしなければ聖女の力を確かめられないのか……。


ハリーだけでなく、これまでも数多の犠牲をもってして生まれた聖女をラキュウスは改めて国の宝だと認識するようになり、時が経ちレナードの妹が上級聖女に選ばれたと聞いた日には喜んだ。


だが正式に神殿に勤めるようになって、レナードの妹は家族へ連絡を寄越さないようになる。


聖女の勤めは忙しいゆえに疎遠になるのも仕方がないというのは共通の認識だったが、嫌な予感がし、それは的中する。


ある時、二人は聖女が使い捨てられることを知ったのだ。



――未来の聖女を守ってハリスが死んだ意味はなんだ?

――上級聖女になれると喜んでいたレナードの妹の気持ちは?



二人とも使い捨てられたのだ。


知ってしまった聖女制度の闇に疑念を抱かずにはいられなかった。

だが制度を変える力がラキュウス達にはなかった。


ならば、混乱を避けるためにも隠し通したまま原因を断つしかない。

瘴気さえ消えれば……。

異界に繋がる門さえ閉じてしまえば。


これが、ラキュウスの瘴気に対する執着の原点である。




「閣下、まもなく合流地点です」


日は傾き、緋色の空が紺碧へと変わる前の淡く燻んだ空気を感じる頃合いだった。

ここまで問題はなく、むしろ想定よりも早い到着である。


夜が更けた頃に急襲するのに丁度いいが、……ラキュウスは視線を周囲に向け見渡した。

すると、葉の擦れる音と共に一人の男が現れた。


出立前にヒストリアから確認を得た情報の通り、体躯の良い隻腕の男だった。

簡易的な礼を示す姿にラキュウスは訊ねる。


「――お前がベリルか?そちらの仲間は?」


「離れた場所で待機させています」


至極冷静な声音だった。


まずは自ら値踏みにでも来たというところか。

協力する意思は使者より預かっていたが、最終的なところは実際見てから判断を下すつもりだったのだろう。


顔を合わせて感じ取れる空気という物がある。

物怖じすることなく現れたベリルにラキュウスは目を細めると告げた。


「私がラキュウスだ。確認するが、こちらの要請に応じたということでよいのだな?」


ベリルはラキュウスの姿を舐めるように見たのち、間を置くと口を開いた。


「……そうですね。内部の造りはどの地区も似たようなものとの事ですので、うちのゼノという元神殿騎士が案内いたします」

「……分かった。その者を紹介してくれ」

「承知しました、こちらです」


言ってベリルは踵を返す。

その背中にラキュウスは声をかける。


「それとベリル。畏まらなくて良い。本作戦に限り、普段通り話せ。平民が遜る物言いをするのは連携に不向きだ」



命令するとベリルは立ち止まり、微かな吐息が溢したかと思えばこちらに視線を流し口角を持ち上げた。


「そうか……それなら、お気遣いどうも辺境伯様」



瞬間、隣に騎乗したまま控えていたレナードが声をあげる。


「貴様、良いと言ったが少しはっ……」


「レナード。私が言ったのだ。楽に話して構わぬ」


言葉を制し嗜められたレナードは納得のいかない表情だったが、ラキュウスはそれを無視してベリルの後に続く。


「辺境伯、歩きながら共有する……ここの神殿は警備も手薄で怠慢なやつが多かったが、既に刷新されている。ヒストリアの連行失敗で変えたようだ」


先導するベリルの表情は見えないが、どこか喜色を孕んでおり、何が面白いのかラキュウスには理解が出来ない。

しかも聞かされた情報は想定内。


――こんなものか。


期待外れに失笑したが、しかし続く言葉は衝撃のものだった。


「それにヒストリアを襲撃した男もいる。……あれは敵の魔法使いとは違うのか?」

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