崩壊を止めるために
先週末あたりからエピソード1より改行修正をしています。
最近になって文字が密集して読み辛い気がしてきたので、段落後などに改行を入れて行間をゆったり作るようにしました。
物語自体の変更はありません。
――その魔法使いはいつから生きているのか分からない。
様々な国に干渉しては人々の中に潜む疑念や憎悪を助長させる。
悪質なのは、それらを遊びのように愉しんでいることだ。
神出鬼没で快楽主義の悪魔。
性別すらもまやかしで、本来の姿は誰にも分からない。
実際にその魔法使いを見た事がある者の証言をまとめると、おそらく幻覚魔法を使う事は確かなようで、ルーメンは「二枚舌の悪魔だ」と吐き捨てた。
それからラキュウス辺境伯は言った。
「神殿にも都合のいいことを吹き込み、ロイドを祭り上げさせ国家反逆を助長させたのだろう」
――つまりロイドもまた、その魔法使いの道具の一つでしかないということか。
ヒストリアは美しく噛み合う簒奪劇に喩えようのない恐怖を覚え、その瞳は揺れた。
一方で隣に佇むユリアンは沈黙し、重厚な絨毯が敷き詰められる足元を見つめている。
「裏を返せば、あちらの陣営の繋がりは非常に脆いとも言えよう」
ラキュウス辺境伯は指摘すると、神殿がロイドとシェリル王女の結婚を支持しロイドの王族入りを歓迎するのは別の狙いもあると言う。
「そうですね。ロイドを傀儡とし国を影から操れるとでも吹き込まれたか……実際にユリアンの洗脳をヒストリアは解いていますから」
ルーメンの視線は二人に注がれた。
「大聖女……」
今は抹消された印があった左手を庇い、ヒストリアは呟いた。
聖女は魔法使いの対極の存在というのなら、効果を打ち消す可能性はある。
大聖女だから洗脳を解けたのか、ヒストリアだから解けたのか真偽は不明だが、王宮には大聖女イクシスが居る。
神殿は彼女を使ってロイドを言いなりに出来ると考えているのかもしれない。
そしておそらくは……ロイドはそれを知らない。
ラキュウス辺境伯は結論付けるように言った。
「結果として神殿はロイドの暴挙を許した。この罪は重い……よってロイドが王族に名を連ねる前に彼らを糾弾する。婚礼の儀で貴族や民衆が集まる場がいいだろう」
重々しい言葉だった。
しかしヒストリアの胸中には不安があった。
「……幻覚の魔法使いはどうするのですか?」
問えばラキュウス辺境伯は眉を顰めた。
「あれを仕留めるのは難しいだろう。我々の最大の目的は神殿とロイドを抑え、罪を暴くことにある」
「しかし……野放しにしても良いのでしょうか?」
「ヒストリア嬢。元凶は奴だが、我々が今抱えている問題はそこではない。違うか?」
厳しい口調で問われヒストリアは俯き口をつぐんだ。
「ヒストリア。捕縛出来ればそれに越したことはないが、絶対条件として頭に入れる必要はないということだ」
補足するようにルーメンが言った。
確かにラキュウス辺境伯の言い分は正しいのかもしれない。
だが捕えなければまた狙われるのではないだろうか。
とはいえヒストリアに何か策があるわけでもなく、逡巡したのち吐息を零し視線を上げた。
「……仰る通りです」
一瞬、その横顔に懐疑的な視線がルーメンによって注がれたが、ヒストリアがそれに気付くことはなかった。
ルーメンもまたそれ以上にヒストリアを問うことはなく、ラキュウス辺境伯に向かって告げた。
「でしたらまず、ロイドによって国王殺害が行われたことを証明するものが必要ですね……証人だけでは言い逃れも可能性です。更に神殿との繋がりとなると、やはり物証なしでは尚更難しいかと……」
たとえユリアンが証言したとして、立場は魔法使いだ。
差別的な存在とされる者の証言だけでは返って逆効果だろう。
かと言ってエリザベートに事の顛末を詳らかに語らせようが、やはり決定打となる物的な証拠がなければ言い逃れが可能だ。
しかもロイドがまだ証拠を握っているとは考えにくい。
考え込むヒストリア達の空気は重く、ラキュウス辺境伯の執務室には沈黙が広がっていた。
「……ロイドの証拠、あるよ……」
ふと、これまで黙っていたユリアンが口を開いた。
黄金色の瞳は酷く怯えており恐る恐るといった調子だった。
様子を窺うような視線が周囲に向けられ、それがヒストリアにも届く。
「どういうことだ?」
ルーメンが眉を顰めるとユリアンは不安そうに問う。
「……嫌いにならない?」
保険をかけるように訊ねる言葉に、ヒストリアはユリアンが何か抱えているのだと悟った。
「大丈夫だから教えて」
顔を向け視線を合わせては手を握る。
それで不安の色が消えることはなかったが、しかしユリアンはヒストリアの手を握り返して言った。
「国王は毒で殺されたの……私……ロイドの命令で毒殺した人を殺してる…」
それは、国王に毒を盛らせた女を口封じのため殺害したという告白だった。
ユリアンはドラゴンに転身し、国王と女の遺体を夜の闇に紛れ人しれぬ山間へ捨ててきた記憶があるらしい。
そして女の方はロイドが発行した王宮通行証を持っていたという。
それは今も尚、遺棄した死体と共にあるはずだと言う。
強烈な出来事は洗脳されていても抵抗を示す理性が記憶していたようだ。
「だからあのときユリアンを殺すことが最優先事項だったのね……」
ユリアンの告白を聞き、ヒストリアは呟いた。
ヒストリア達を襲った男の一人は、最後にユリアンを殺すため致命傷を負わせてから撤退していた。幸い助かったが、その意味が今になって判明したのだ。
「よくぞ告白してくれた」
ラキュウス辺境伯は黙ってユリアンの話を聞き終えると言った。
「怖かったでしょう……」
ユリアンを抱きしめ、ヒストリアはロイドに激しい怒りを覚えた。
魔法使いを、人を、なんだと思っているのだろう。
意思を奪って服従させるなどロイドは越えてはならない一線を既に越えてしまっている。
「であれば後は神殿とロイドの繋がりか……」
ラキュウス辺境伯はオリハルト公爵からの書簡を睨みながら言った。
神殿はロイドが危なくなれば容易く切り捨てるに違いない。
幻覚の魔法使いを捕縛できなくとも、王族と同等の力を持つ神殿を逃がしてはならない。
「神殿についてはそれぞれの罪を糾弾すべきでしょう」
ルーメンが言った。
しかしその言葉の意味がヒストリアには直ぐには分からなかった。
「それぞれの罪って…?」
問えば静かな視線と交わる。
「王家と神殿の罪だ。ロイドとの繋がりは実質証明は不可能だろうからな」
そしてルーメンはラキュウス辺境伯に訴えた。
「ここは聖女の廃棄に関してベルナルド王太子殿下に告発させるべきです」
その発言にラキュウス辺境伯と騎士表情は強張る。
彼らは聖力を失った聖女の末路について真実を知りながらも国内の混乱と権威の失落を避けるため黙秘していた。
浄化石による結界構築の運用が実現すれば真実を明るみにするため動くと言っていたが、このような形で真相を糾弾するのは不本意だろう。
ラキュウス辺境伯は、ルーメンの意図を察したようだが慎重に問う。
「……国内で分断が生まれる前に罪を認めろということか」
まるで何かを天秤にかけているようだった。
ルーメンが指摘するのは、黒幕の魔法使いの目的である国の崩壊。
いずれ真実は暴かれる。
『シルドバーニュの聖女は大切にされる』という歴史が偽りだったと知れば民衆の怒りは王家へと剥くだろう。
そうなれば滅亡したエルバ以上の混乱と凄惨な末路が待っているかもしれない。
「痛みはありますが、ベルナルド王太子が制度を糾弾することにより権威を守ることは出来るでしょう」
ルーメンはさらに言った。
先に罪を告白してしまえば、思い描かれていたであろう崩壊の顛末は書き換えられるのだと。
そして一呼吸おいて眉根を寄せる。
「ただしこちらも同様、証言だけでなく物証も必要ですが……」
ヒストリアはラキュウス辺境伯を見つめていた。
確かにルーメンの言う通りだ。
仮にロイドとの繋がりを証明しても、国が谷底の真実を容認していたことを神殿側から明るみにされれば国に対する不信が昂まる。
互いに抱えている爆弾を誰がいつ投下するのか、それを見誤ってはいけないのだ。
ロイドと神殿、そして彼らの心を玩び糸を引く幻覚の魔法使いが、どこまで谷底の真実を引っ張って隠すつもりか、その策略は誰にも分からない。
ラキュウス辺境伯は黙っていたが、暫くして意思を固めたように口を開いた。
「分かった」
短い言葉は重く響く。
それは、辺境伯がこれまで自身で真相を糾弾せず、黙秘に徹していた態度が国の権威を守るためだけの行為でなかったことを証明していた。
「……証拠を得るには神殿から記録を入手する必要がある。神殿を襲えば、私は反逆者として扱われる可能性があるだろう……」
だが次の瞬間。
「それでも構わん」
鋭く目を上げ、ヒストリア達に宣言した。
「国の崩壊を目前にして沈黙は許されない。――正すべきものを正す、今こそ責務を果たす時だ」
ヒストリアは息をのんだ。
国王自らがラキュウス辺境伯を”変わり者”などと吹聴した意図を理解した瞬間だった。
――この人はきっと、王の器を持っている。
辺境伯が騎士に視線を配ると、騎士は敬意を最大限に示す礼を表し口角を持ち上げ告げた。
「閣下……どこまでもお供致します」
失敗すれば国家反逆者として断頭台行きは確実。
だが今の二人に迷いはない。
ラキュウス辺境伯が深く頷き、鋭い眼差しを再びヒストリア達へ向けて問う。
「お前たち、ベルナルド王子を説得し無事に王宮へ届けることは出来るか。可能であるならば、証拠は私が責任をもって奪取すると約束しよう」
神殿には聖女廃棄の記録の控えが残っている。
一番近い廃棄場であったディート地区の神殿を襲撃し奪取し、それを王宮まで届けると言うのだ。
時間を考えれば二手に別れ行動すべきというラキュウス辺境伯の考えにルーメンは賛同した。
ルーメンとヒストリア、ユリアン達は先に国王と女の遺体を回収し、ベルナルド王太子の説得をする。その間にラキュウス辺境伯は私兵を伴い、神殿を襲撃し証拠を得るというものだった。
期限はロイドとシェリル王女の婚礼の儀が終わるまで。
それまでに合流し、糾弾する。
失敗は許されない。
ヒストリアはラキュウス辺境伯に進言した。
「ディート地区ならばベリルという者がいます。彼は土地勘があり地区のまとめ役でもあります。仲間には元神殿騎士や神殿の動向に詳しい者もいるので、彼らに協力を依頼すべきです」
言いながらヒストリアは迷いを飲み込んでいた。
これ以上、彼らを巻き込んではいけない。
きっとエリザベートが知ればあの時のように怒るかもしれない。
だが、盤石なものにするため持てる手段は持つべき。
成功率を上げるなら助けを求めることが正しいと考えたからだ。
「浄化石の入手に関わった者達か……私の兵だけでは制圧出来ないと?」
「いいえ。しかし神殿もラキュウス辺境伯の動向に目を光らせているのではないでしょうか?反発や警戒はもちろん、以前よりも守りが固くなっている可能性もあります。土地勘と神殿内部に詳しい人間が居る方がより効率的だと言いたいのです」
言えばラキュウス辺境伯が問う。
「……浄化石を守っていると聞くが、彼らがそこまで動く確証はあるのか?」
確かに、彼らが身を捨ててまで自分たちを助ける義理はないかもしれない。
誰かが失敗しても成立しない断罪劇なのだ。
彼らは様々な理由でディート地区に流れ着いた。
生きることが最優先であり、破滅の道もあるかもしれない国の中枢で巻き起こる陰謀に関わるのは、得策ではない。
けれど以前スレイは言っていた。
軽い調子で告げていたが、皆の背景にはそれぞれの譲れない信念のようなものがある気がした。
「ベリルの本質は“守るべきもの”には義理堅い人。彼らも皆、そうです。神殿の腐敗を知っているからこそ、現状を知れば見過ごせないはずです」
その進言をルーメンは静かに見守っていた。
無言の眼差しに背を押されるようにヒストリアは安堵し、はっきりと告げる。
「彼らは必ず、ラキュウス辺境伯の力となります!」
やがて暫くの沈黙のあとラキュウス辺境伯は短く頷いた。
「――分かった。すぐに使者を出そう」
そして、糾弾に向けての歯車は動き始めた。
この判断がのちに王都を揺るがす切り札になることを、今はまだ誰も知らない。




