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死体とドラゴン

一刻のち、ラキュウス辺境伯の指示によって使者が放たれた。

ディート地区を目指し、夜の深い闇に紛れ馬を走らせる姿は直ぐに見えなくなり、それを見送るヒストリアは扉の前で両手を握り締め無事を祈った。


ラキュウス辺境伯からの書状と共に使者に預けた手紙。

それをベリルがどのように受け取るかは分からないが、きっと彼なら見捨てたりしない。

そう信じたい。




「――ユリアンと言ったな。君には重要な役目を任せることになるが、頼むぞ」


明朝、ラキュウス辺境伯が私兵を編成を整え、出立を前に馬上から見下ろすとユリアンに言った。


時間が限られている今回の作戦ではユリアンが重要な要となる。

移動距離にかかる時間を短縮するため、ドラゴンに姿を変え空輸で証拠を運ぶのだ。


「はい。ルーメン達を王太子殿下のところへ届けたら、すぐにラキュウス様の元に戻ります」


ユリアンは恭しく頭を下げ答えた。

その声音には強い使命感のようなものを感じさせられる。


ラキュウス辺境伯はユリアンの姿に深く頷くと胸元から鷹笛のようなものを取り出し吹いた。

すると一羽の鷹が姿を現し、辺境伯の腕に降り立った。


「彼女の名はステラ。伝令係だ。これまでもルーメンとの連絡役として働いてくれた。今回も必要時にはステラで共有することもあるだろう」


高い声で鳴音響かせ、ラキュウス辺境伯が腕を伸ばせばステラは再び飛び立つ。

そして高い位置から大きく円を描くようにヒストリア達の頭上を旋回していた。


「我らに聖女の加護があらんことを……さぁ、国家簒奪を目論む者に正しい裁きを与えるぞ」



――――ヒストリア達は辺境伯より預かった地図を広げ、目的地を再度確認していた。


「やはりワルム山脈付近の森林か……」


ルーメンがユリアンの証言を擦り合わせ導き出したのはその場所は、シルドバーニュ西部にあたる。


「たぶん……あそこは人がこない場所だから……」


隣接するアルタイル国との国境に聳えるワルム山脈にはドラゴンの巣穴があるため確かに人が寄り付かず、集落もない。


走馬灯のように断片的に繋がっているという記憶にユリアンは若干自信がない様子だったが、しかし考えたあとで言った。


「でも近くまでいけば分かるから、大丈夫だよ。少し離れていて」


ユリアンはその華奢な身体を、一瞬にして白金の鱗をもつドラゴンへと変え大きく翼を広げた。


「すごい……こんなこと、本当に出来るのね」


荘厳な出で立ちに圧倒されヒストリアは思わず声に出して呟いていた。

そんなヒストリアの姿をルーメンは横目で見たあと、視線を足元へと向ける。


「ヒストリア、やはりさすがにその恰好ではドラゴンの騎乗は厳しいな。ユリアン、鱗を一枚貰うぞ」


言えばルーメンはユリアンに呼びかけ、黄金色の瞳が瞬き低姿勢を取ったのを見て剥ぎ取った。

そしてあの時のように口許へあて囁けば鱗はヒストリアの身体の周囲を一周したのち光輝き包み込む。


一瞬にして、ワンピースドレスはヒストリアの身丈にあった白を基調としたラキュウス辺境伯らの兵の装いに似た騎士のような服へと作り変えられていた。


「ありがとう……」

「死体の回収後はベルナルド王太子殿下にも会うからな。さぁ、行くぞ」


元侯爵令嬢であったヒストリアが恥を欠かないよう気を遣ったような言葉と共に促され、ルーメンの手を取りヒストリアはユリアンの背に乗った。


なるべく高い位置を飛ぶようルーメンと打ち合わせしていたユリアンによって、ラキュウス辺境伯の邸はみるみる豆粒のように小さくなってゆく。


風をきり、ものすごい風圧に押し上げられそうになる。


「落ちるぞ。しっかり掴まっていろ」


ルーメンが揺れるヒストリアの腰を掴み、深い影を落とすよう身体に被さった。


「分かってるわよ」


馬に乗って移動した時以上に身体は密着し、背に触れる厚い胸板に包み込まれ、体格の差を感じながら熱の灯る耳を冷やす冷たい風にヒストリアは眉根を寄せる。


掴まっているのが大変なほどの高速で滑空して暫く、ユリアンはシルドバーニュ西部の森林が近くなると少しずつ速度を落とし始めた。


「ユリアン、匂いは見つかりそうか?」


大きな声で呼びかけるルーメンに対し、ドラゴン姿のユリアンが咆哮上げた。

この姿では言葉が交わせないようだが、こちらの言葉は伝わるらしい。

徐々に旋回しながら低空に切り替え降下している。


「このあたりということか。ヒストリア、もっとよく捕まれ」


ルーメンがユリアンの行動に気付き言う。


すると茂みの深い谷合に向けてユリアンは着陸した。

なるべく静かに降り立ったつもりなのだろうが、ルーメンの助言がなければ衝撃で身体が弾かれていたかもしれない。それぐらいの振動だった。


ルーメンに助けられながらユリアンの背を降りてゆく。

二人が降りたのを確認したユリアンもまた姿を戻し、そして走り出しだ。


「あった……」


雨風に晒されて、死後日数の経過した二つの遺体は見るに堪えない姿となり、異臭を放っていた。


国王の方は身ぐるみが剥がされているが毒殺のためか比較的きれいだっが、もう一つの遺体は、臓物が漏れ、骨が砕けているのか手足があらぬ方向に曲がっていた。


「この人……」


ユリアンが呟いた。


視線の先にはあるのは、桃色の髪の女の遺体だった。

その髪色から元は貴族だったのだろうということが分かる。


もしかすると王家主催のパーティーなどで会っていたかもしれないがヒストリアに覚えはなかった。

ユリアンは苦悶の表情で眺めて言った。


「綺麗な人だった。自分は悪くないって言ってた……駆け落ちにお金がいるとか、なんだっけ……身分証が欲しかっただけって……」


遺体は損傷しているが、その人物の容姿が整っていたことは分かる。

駆け落ちと訊いてヒストリアは胸が痛んだ。


そんなことの為に……――――だが、彼女にとっては身の危険よりも優先すべきことだったのかもしれない。


「わたしを怖がって謝る声を思い出した……当然だよね、ドラゴンに威嚇されたら……」


ユリアンは声を震わせ青ざめて言うと、喉元を庇っていた。


「あなたの意思じゃない。ロイドの言葉に操られてた。そうでしょう?」

ヒストリアはそう言ったが、ユリアンの表情は暗いままだ。


洗脳が完全に解けて擬態が解除された時、ヒストリアを見てすぐに謝っていた姿を思い出す。


「……この手に、身体を握り潰した感触が残ってるの……」


ユリアンが肩を震わせ、ヒストリアは身体を抱き寄せた。

ルーメンは二人を静かに見つめたのち言った。


「これ以上は見ない方がいい。王宮内の通行証は俺が探す。ヒストリア、君はユリアンについていてくれ」




離れた場所で少し休むように言われ、ユリアンを連れて遺体が視界に入らない場所まで移動し座らせると、か細い声で呟かれた。


「本当に、ヒストリア様だけでも生きててくれて良かった……」


絞り出したような弱弱しい言葉は、ユリアンの心根の優しさが垣間見れる。

ヒストリアも少しは他人を鑑みられるようにはなったが、ここまで他人のことばかり考えるなんて自分には出来ない。


そのせいで苦しんでいる姿はあまりにも辛そうで、深い吐息を零し、それから逡巡したのちに手を握りながら徐に告げた。


「私、実はね……追放されて死にたいと思ったの」

「っ……」


唐突に打ち明けられ、言葉に詰まるユリアンを横目にヒストリアは続けた。


「当然でしょう。無実なのに全員に敵だと思われれて、何もかも失って……でも、こうでもならないと得られないものもあった」


辺境への追放は、実際に自分の価値観を大きく揺るがした。

まさにルーメンとの出会いは、身体的にも心理的にも追い詰められた絶望の先だったからこそ、強く響いたものだったと今になってヒストリアは思う。


「ルーメンや、辺境の人達……もちろんあなたのことも。自分以外の人のことを考えて、こんなに悩んだのは初めてよ。私、あなたみたいに優しくないから」


口角を持ち上げ自虐的に告げればユリアンは大きく首を振った。


「私だって優しくないよ……。自分の罪を軽くするためにヒストリア様が生きてて良かったって、安心してる」


そしてユリアンは縋るようにヒストリアの手を握り返した。


「いいじゃない」

「……え?」


ヒストリアはユリアンの黄金色の瞳を覗き込みながら静かに笑みを浮かべた。


「きっと両方が必要なのよ。そうじゃないと壊れてしまうわ。他人を想う気持ちも、自分が正しいと思う気持ちも。天秤にかけるように人には両方あるのが当然なんだって、私は気付いたわ」


それから茂みの先に視線を移す。

そこに居るであろうルーメンの姿を思い浮かべると自然と目尻は和らいでいた。


「ルーメンのおかげで少しだけ考えが変わったみたい。ここに来なければきっと死ぬまで気付かなかったわ。あなたは少し、他人に傾きすぎね……」


言えばユリアンの視線を感じて、振り返る。

少しの疑問が混じった瞳と交差した。


「もっとロイドのせいにしたって良いんじゃない?」

「ロイドのせいに……?」

「そんな風に考えては駄目かしら」


ヒストリアは自責よりも他責の追求ばかりしていた。

それは愚かな行為だが、それら全てが間違っているわけでないと思うのだ。


「思ってもみなかった……」


ユリアンは大きな丸い瞳を瞬き、それから眉根を寄せた。


「あら、なんだか悪いこと教えてる気分だわ。でも……そうね。自分を許せなくても、あなた一人が抱え込んで壊れる必要はないと私は思うの」


心を縛りつける棘から守るために、必要な時だってある。

手を汚したからといってユリアンがそこまで背負い込むことはないのだと、ヒストリアは確信を持って告げた。


「……ロイドがしたことこそ最低よ。あいつはあなた達の人生踏み躙ってる」


ユリアンが涙を溢し、指を解くとヒストリアの身体に抱きついた。


涙は絶え間なく零れ肩口を揺らす。

嗚咽を漏らして泣き縋るユリアンを抱きしめたまま、ヒストリアは再度決意した。


絶対にアリアも解放してみせる。

二人を自由にするのだ。




「――見つかったぞ。王宮通行証だ。ロイドの署名がある」


暫くして、ルーメンは二人の元へ現れた。

ユリアンの言う通り、女は王宮通行証を持っていたのだ。


「所持品から身分も分かるだろう……」


遺体を検閲した手は泥か血か分からないが汚れていたが、ヒストリアは気にせずルーメンが差し出したハンカチを受け取った。


見ればそれは家紋が入ったもので、新興貴族の男爵家のものとして薄っすらと覚えがあった。


「ベルナルド王太子の元へ急ぐぞ」

「……待って。死体はどうやって持って行くの?」


性急に告げるルーメンにヒストリアは手を掴み訊いた。

遺体の損傷は激しい。まさかこのまま運ぶとでも言うのか。


「氷漬けにしてユリアンに運んでもらおう」

「そんなこと出来るの……?」


振り返りユリアンを見れば、その表情は少し血の気を取り戻しており、声を和らげ頷いた。


「大丈夫だよ」


姿を変え、吐息を吐くと遺体を起点にその奥の一帯が氷漬けになっていた。


空を滑空出来ることに驚いていたヒストリアだったが、氷結された遺体にさらに言葉を失った。

再び元の姿に戻ったユリアンにルーメンは頷くとヒストリアに向き直る。


「変身魔法の真価は擬態した対象の力を使うことだ。ドラゴンと同じことがユリアンにもできる」


信じられない現象はルーメンで見てきたが、やはり驚きは隠せずヒストリアは感心した。


「ただし生態を熟知している必要があるがな」

「ルーメンの魔法と原理は同じね……」


「あぁ。俺とユリアンの魔法の精度は”構造の理解”から始まるからな。そういった魔法は攻撃性も高いが扱いが難しい。だが、ユリアンは根気よく覚えていたな」


ルーメンが魔法で植物を網状し、それを氷の遺体にかけながら告げた。

どうやら袋のように入れて運ぶようにするらしい。


「へへ。ルーメンが教えてくれたんだよ。私のためになるからって、話して聞かせてくれて……ずっと憧れてたドラゴンにもなれるようになったの」


確かルーメンはユリアン達と共に旅をしていた時期があると言っていた。

その時のことなのだろう。


ルーメンはヒストリアにもよく薬草について語って聞かせてくれた。

第一印象は冷たい男、といった感じだったが、ルーメンはきっと世話焼き好きなのかもしれない。


「ユリアンはドラゴンが好きなの?」

「うん。大好き。逞しくて、嗅覚がとても鋭いの。それにカッコいいでしょう?」


どうやらドラゴンには思い入れがある様子だった。


「えぇ。慈悲深い生き物って本で読んだことがあるけれど本当なの?」


「本当だよ。ドラゴンはね、子供を大切にして、ぜったいに仲間の匂いを忘れない……私の親も、私達を村の人から守ってくれた。今は離れてるけど…….私も家族の匂いを忘れない」


そこには強い意志を感じる瞳があった。


「……きっと戻れるわ。まずはアリアを取り戻しましょう、あなた達は自由になるのよ」

「うん。絶対に助け出してみせる」


ユリアンは深く頷いた。

それから網の点検を終えたルーメンの姿に歩み寄りながら、一方でヒストリアは考えていた。



――ルーメンも、やはり元は普通の人間だったのだろうか。

魔法使いと呼ばれる存在が後天的に発生するのなら、きっとルーメンにもそれまでの人生があるはず。

ユリアン達のように失いたくない過去があったかもしれないのだ。


そう考えると不意に胸がざわついた。

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