ベルナルドへの警告
――エリザベートは生きているのだろうか。
寝返った神殿とロイド達を前に、姉は一体どうしたのか。
限られた情報からは姉の安否を示すものが何もなく、ヒストリアはもどかしい思いに駆られた。
今度こそ、正面から向き合いたいと思い始めた傍から掠め取られては、理解することもなじることも出来ないではないか。
その時、扉を叩く音がした。
ラキュウス辺境伯と乳兄弟だという傍に控えていた騎士が動き、そして書簡を手に戻ってくる。
「閣下、オリハルト公爵より至急の用件です。身内の処遇に関して相談したいと書簡が」
「確認しよう」
”身内”という言葉に反応し、ラキュウス辺境伯が受け取ると素早く内容を精査し始める。
字を追っている表情は硬く、しかし突如眼を瞠り、ヒストリア達を見遣ったあと告げた。
「王太子は生きている」
瞬間、肌がくり立つ。
直後にさざ波が広がるように胸の奥から安堵の温もりが広がってドクドクと心臓が鳴った。
「よかった……」
身体の力が抜けるような錯覚に瞼を閉じて呟く。
行方知れずとなっていたが無事だったのだ。
ヒストリアは恐れていた。ロイドが放っておくはずがない。
たとえ逃れたとしてもアリアによって探知され、居場所を特定されるのも時間の問題。むしろ行方不明などというのは虚言で、国王のように抹殺されているのではないかと考えていたのだ。
だが、生きていた。
「つまりオリハルト公爵家が匿っていると……おそらくアリアにも探知されていない。王族とは本当に隠しごとが多いですね」
ヒストリアが安堵する傍で、ルーメンは珍しく棘のある言い方をした。
そのことにラキュウス辺境伯は眉根を寄せたが、弁明はしないようだ。
固く口を閉ざす違和感にヒストリアは無意識に言葉の意味を考えてしまう。
アリアに探知されないとは、真名を知られていないということ。
名前が正しくなければ発動できないはず。
ということは、――王太子のベルナルドの名はヒストリアが知っているものとは異なるというのか。
まさかそんな事はあり得ない。
大聖女イクシスは平民の出ながらも王妃に据えられ国王に愛されていたのではなかったのか。
紆余曲折を経て認められていたというあの噂は秘密を隠すベールだとでもいうのか。
ヒストリアの表情は引き攣り何度も瞬きを繰り返す。
もし、本当にそうならなんて不憫なのだろう。
どんな気持ちでヒストリアに接していたのだろう。
献身の心を持てと訴えられた言葉が、今さらながら重く刺さり、ヒストリアはそれ以上深く考えてはならないような気がした。
胸を突き刺すような罪悪感を覚え、妄想を振り払うようにヒストリアは訊ねた。
「――では、これからも三大公爵家の一つであるオリハルト公爵が殿下を守ってくださるのですか?」
ヒストリアの問いにラキュウス辺境伯は深く頷いた。
それから一拍置いたのち告げた。
「あぁ。手引きしたのはエリザベート・フランドールだ」
姉の名にヒストリアは眦を下げ複雑な表情で吐息を零し、ルーメンがその肩を抱いた。
視線を上げルーメンを見つめ頷く。
やはり姉はロイドの暴挙を許さなかったのだ。
「エリザベート様……」
神殿とロイドを敵に回しているであろう姉の安否を心配するようにユリアンが呟いた。
曲がりなりにも自分を解き放ってくれた相手だ。
ユリアンが語るエリザベートの姿は自分を支配するロイドと共にある人間に対してのものではなかった。
敵であるにも関わらず、憐れみの混ざる感情を持っていたのかもしれない。
「ユリアンの解放といい、ロイドと袂を分けた可能性は確定したな」
ルーメンが分析するように静かに告げるなか、やはりユリアンはエリザベートの身が気になるようだ。
「生きてるのかな……」
ユリアンが弱弱しく呟くその言葉は、ヒストリアも知りたいことだった。
「生きていてもらいたい。証人として彼女は必要だ」
ラキュウス辺境伯は徐に書簡に同封されていた婚礼の儀への招待状をヒストリア達に向けて差し出す。
「同封されていたものだ。オリハルト公爵は、この招待状の添え書きがベルナルドへの警告だと捉えている」
ルーメンが受け取り招待状に目を通す。
その傍らでオリハルト公爵からの書簡に綴られていた推察をラキュウス辺境伯が要約し読み上げた。
「季語のあとに綴られる言葉、”褒章として植樹した林檎の木は育っているか。収穫後の献上は不要。欲しいのはただ一つ、祝いの言葉。”これはベルナルドを匿っている邸の木を指している」
「献上不要とは、王宮には戻らないように、という事ですね」
ルーメンが意図を汲み確認すれば辺境伯は静かに頷く。
「あぁ。公爵はそう考えている」
なるほど、とヒストリアは呟いたが、納得する一方で飛躍したようにも考えられ首を傾げる。
「神殿とロイドが支配しているなら王宮は危険……ですが、なぜこれが警告だと思うのでしょうか?」
「林檎の木とは、オリハルト公爵の所有する秘密の邸にあるものだ。加えて違和感があるらしい。私には王女の文章についてはよく分からないが……ヒストリア嬢。君は王太子の婚約者として関わる機会もあっただろう」
ラキュウス辺境伯がヒストリアに視線をくべると、ルーメンから招待状を差し出される。
違和感とは一体なにを指すのか。
それを受け取り、ヒストリアは視線を落とし文面を読み上げていった。
「この言い回し……」
ヒストリアはハッとした。
「……確かに、オリハルト公爵の考えのとおり、シェリル王女様にしては違和感があります……」
書かれてあった文章は、筆跡こそシェリル王女のもので間違いないようだが、本人が選ばない表現がされてあった。
実際の彼女は基本的に詩的な表現は好まず、もっと素直な言葉を使う。
実務的な側面を好むのは兄のベルナルド王太子殿下にも似ているところがある。
皮肉すらも無邪気で率直。
義務的に送られる手紙に書かれてあった遠回しな嫌味ですら、妙に素直だった。
「シェリル王女様はもっと率直な表現をされます」
「私のものと見比べてみよう」
ラキュウス辺境伯が自身に宛てられた招待状と取り出し並べる。
全く違う内容だが、こちらも同じような表現が使われてあった。
「文体自体は同じだが、これは王女のいつもの書き方ではないのだな?」
「はい。オリハルト公爵の違和感というものに私も同意いたします」
ヒストリアが頷けばルーメンが納得した様子でヒストリアを見た。
「……王女が意図して書いたとして、ロイド側の目がある。情報も統制されているだろう。公爵が王太子を匿っていると知らないはずだ」
胸が少しだけ軽くなるような気持に、ヒストリアの声は喜色を帯びた。
「無事だと知っているから書ける内容ね……!」
「あぁ。エリザベートがシェリル王女の傍にいる可能性が高いな」
つい最近届いたという婚礼の儀の招待状。
それは姉がそこにいるという証明のようなものだった。
ヒストリアは思い浮かべた。
ロイドと別れ、ベルナルドを助けたあと、ロイドを神殿と共に追い詰めたであろう姉の姿を。
「神殿の寝返りに即座に対応したか、……シェリル王女に入れ知恵できるほどおそらく中枢にいる。警告しているあたり、やはり敵ではないと見ていいだろう……」
ほっとすると同時に、悪意の渦中に身を置いているのだと理解すれば手放しには喜べない。
しかし、涙を浮かべ掠れた声で「よかった……」と呟くユリアンの手をヒストリアは静かに握った。
おそらくエリザベートもヒストリアと同じでいつも孤独だった。
そんな姉は今もひとりで抱え込んでいるのだろうか。
自らを省みない姿勢に苛立ちを覚える。
「問題はここからだ」
ラキュウス辺境伯はその場の空気を切るように告げた。
「殿下が、ロイドの元には隣国エルバを滅亡に導いた魔法使いがいると主張しているらしい」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ブックマークやリアクションなど反応をいただける度にいつも嬉しく思っています。
誤字報告もありがとうございます。
八章よりやっと終章に向けて動き始めます。
ジャンル訂正しました
ファンタジー ハイファンタジー
↓
恋愛 異世界
こちらで合ってるのかな……。




