9、国王陛下と真剣なお話です。
「願いが叶って、良かったのう、聖女よ。」
私の腕に支えられて、幸せそうにうっとりしているシルヴィに、国王は微笑ましそうにそう言った。
え?良いの?この状況本当にこれで良いの?
あまりの状況に、私はかなり引いていた。
「ありがとうございます、国王様っ…!」
シルヴィは満面の笑みで国王にお礼を言っていた。
この場において、シルヴィの奇行を変に思っている人は、驚くことに誰もいないようだった。
ついにカミーユ様とお話できましたものね。
良かったですわね、聖女様。
皆口々に、聖女を微笑ましい、温かな視線で見守っていた。
いや、どうした皆?なんかおかしいぞ?
この状況に置いてきぼりなのは、完全に私一人だけだった。
「さて、皆もカミーユ令嬢と話したいところだと承知しているが、そろそろ国王権限で、数分カミーユ令嬢を独占させていただこうかな?」
どうやら、シャルマーニュ王太子と聖女シルヴィの後にも、私と話そうと隙を狙っている人々がいたようだったけれど、国王はそう言うと、私の手を取った。
「カミーユ令嬢、ここでは邪魔が入る。少し場所を移しても良いかな?」
「はい、お供いたします。」
私は国王陛下に連れられて、広間を後にした。
後には何も言わずに、王妃様も一緒に付いて来られた。
移動したのは、広間の近くにある国王の執務室だった。
「疲れただろう、少しゆっくりすると良い。」
来客用のソファーを勧められ、私は大人しくそこに腰をおろした。
主人の椅子と、その隣に、国王と王妃も腰を降ろす。
王妃様は終始無言で目線を伏せ、一歩後ろに控えていらした。
これは、この後の話し合いに、王妃様は一切の口出しはしないけれど、内容はすべて証人として聞き届ける用意がある、という国王側の意思表示だった。
国王はこの後の話を、二人だけの口約束で終わらないように、わざと王妃も同席させているのだ。
それはつまり、これから重要な話をするのだという証でもあった。
「さて。」
運ばれてきた紅茶に口を付けてから、国王は改めて口を開いた。
「連れ出して悪かったのう、カミーユ令嬢、積もる話もあったかと思うが。」
「いいえ、私こそ、こうして国王陛下とゆっくりお話できる栄誉を与えていただけましたこと、大変嬉しく思います。」
「うむ。」
国王は、再び紅茶に口を付けて、場を整えた。
「カミーユ令嬢、そなたは今、王宮においても、街においても、一番の人気者となっておる。」
「そんなっ…!」
そんなことはありません、とすぐに言おうとして、私は続けられなかった。
先ほどの広間での、皆の私への熱視線は、確かに尋常ではなかったのだ。
「そなたを誇らしく思っているのは、無論私も同じだ。」
「身に余る光栄にございます。」
「それだけ、帝都の不衛生を皆はなんとかして欲しいと思いながら、どうにもできはしなかった。瞬く間に帝都を美しくしたそなたは、皆にとって、正に女神の降臨にも等しい奇跡であったのだ。」
「そのような…。」
いくらなんでも褒めすぎだと思ったけれど、国王陛下の真意が続く言葉であるのは、私にも分かっていた。
「今、このフランセイズ王国に、そなた以上に次期王妃に相応しい姫はいないと、国民皆がそう思っているのだ。」
「………………。」
国民の口から出た、予想通りの言葉に、私は押し黙った。
国王の言葉は、3ヶ月前であれば、何より嬉しいと感じていたものだった。
けれど私は、数年後に死ぬ人間なのだ。
私はシャルマーニュ王太子殿下の婚約者には、相応しからざる人間です。
そうしたためた書簡を、私は3ヶ月前に、すでに国王宛に送っていた。
「そなたの言い分は分かる。死を宣告された者が、王太子の婚約者になるのは相応しくない。それはその通りであるのかもしれない。」
「では……。」
「それでも儂は、そなたにシャルマーニュ王太子と…、儂の息子と一緒になって欲しいと、変わらず思っておるのだ。」
「国王陛下…。」
国王の申し出は、何より嬉しいものではあった。
けれど、私がシャルマーニュ王太子の婚約者になるのを辞退しようとした理由は、自分の死ぬ時期が早いからというだけではなかった。
「陛下のお申し出誠にありがたく思います。されど、もしも王太子殿下の婚約者が、魔女として処刑されることとなったらば、何より気高い王室の名に泥を塗ることになるやもしれません…。」
「では、来年に控えた婚約式を、どうしても辞退したいと、そう申すのだな?」
「勝手を言い、誠に申し訳ございません。」
「ふむ…」
続いた長い沈黙に、私は固唾を飲んで、国王の次の言葉を待ったのだった。




