8、聖女シルヴィ令嬢の登場です。
シャルマーニュ王太子から、想定外の褒め言葉をいただき、私はすっかり混乱していた。
だから、すぐには気付かなかった。
後ろから、更なる爆弾が、こちらに近付いてきていたことに。
「カミーユ令嬢ーーー!!!」
美しい、プラチナブロンドの少女が、こちらに向かって小走りに近付いてきていた。
まるで天使の羽のように、柔らかな色合いの髪、薄水色の透き通った瞳、可憐で華奢な身体。
どこから見ても守ってあげたくなるような、絶世の美少女は、聖女であるシルヴィ子爵令嬢だった。
「シルヴィ様、お気をつけて!」
あんなに走って、転んだらどうしようかと、私は思わずシルヴィに手を差し伸べた。
「あっ…!!」
言わんこっちゃない、確実に走るのに慣れていないであろうシルヴィは、その場で躓いた。
転ぶ!
私は咄嗟に動き、体勢を崩したシルヴィを抱き止めた。
「……危なかったですわね。」
抱き支えても、シルヴィは羽根のように軽かった。
「あ、ありがとうございますっ…!」
シルヴィは真っ赤になり、潤んだ瞳で恥じらいながらお礼を言ってくれた。
その仕草も、何とも言えずに可愛いかった。
「私、ずっと、カミーユ様にお会いしたくて…、今日こちらにいらしてるとお伺いして、居ても立ってもいられず…、申し訳ありません…。」
「お気になさらないでください。私も聖女シルヴィ様にずっとお会いしたいと思っておりました。ついにお会いできまして、これ以上嬉しいことはございません。」
「カミーユ様っ…!!」
シルヴィは私の言葉に、目を輝かせた。
「カミーユ令嬢は、本当に人気者だね。」
その様子を見ていたフランセイズ国王が、ついに口を開いた。
そう、急に王太子も聖女も現れて、バタバタしていたけれど、私はまだ国王と王妃の面前にいたのだ。
「ご無礼をし、誠に申し訳ありません。」
「何も無礼なことなどない。息子の相手をしてくれ、聖女が転ぼうとするのを助けてくださった。むしろこちらが礼を言うべきだろう。」
「もったいないお言葉にございます。」
国王の発言に、王太子も聖女シルヴィも控えていた。
聖女に至っては、国王の存在に気付かず、こちらに向かって走ってきてしまったようで、今さらながらに恐縮していた。
「聖女シルヴィも、恐縮しなくて良い。そなたがカミーユ令嬢にかねてから心酔しているのは、よく存じている。」
「国王陛下、お優しいお言葉、誠にありがとうございます。」
国王にそう言われ、聖女シルヴィは、ようやく安心したように顔を上げた。
え?心酔?何?
その言葉に引っ掛かりを覚えたのは、むしろ私の方だった。
「あの……?」
「お手紙を…、いただきまして…。」
私の不思議そうな顔を見て、シルヴィは恥ずかしそうに答えた。
確かに私はシルヴィ令嬢と手紙のやり取りをさせていただいていたけれど、たったそれだけで、ここまで好かれるとは予想外だった。
「私のようなものに、とてもとても心の籠ったお手紙をくださるばかりか、まるで魔法のような手腕で、瞬く間に街をお綺麗にしてくださって、私、感激してしまいましてっ…!!」
フランセイズの田舎町の貴族令嬢であったシルヴィにとって、初めて見る街の不潔さは、あまりにもショックだったらしい。
まあ、確かに普通はそうだろう。
聖女と祭り上げられ、帝都まで来たは良いけれど、その街並みの理想とのあまりのギャップにすっかり凹んでいたところ、私が現れた、とのことだった。
私と手紙のやり取りをしながら、日々着々と綺麗に変わっていく街を見て、すっかり感動してしまい、事あるごとに私のことをつい口に出して褒めてくれていたようだった。
「それは…、光栄でございます。」
知らずに街の美化作業がもたらしていた、予想以上の反応に、私は心底驚いていた。
「いいえ、そんな、私の方こそ、カミーユ公爵令嬢様とこのように関わっていただけるなんて、身に余る光栄にございます。」
「いいえ、聖女様、私の命は、聖女様のお役に立つためにあるのです。ですからどうか、そんな風にはおっしゃらないでくださいっ!」
「はうっ…!」
私の言葉に、シルヴィ令嬢は胸を抑えて踞った。
「シルヴィ様!?大丈夫ですかっ…!?」
私は慌ててシルヴィ令嬢に駆け寄った。
「幸せ過ぎて…、私、幸せ過ぎて苦しいです…!」
顔を真っ赤にして、苦しそうに胸を抑えるシルヴィ令嬢は、この上なく幸せそうにそう言った。
「それは…、良かったです…。」
シルヴィ令嬢からの、想像以上にエネルギッシュな愛情表現に、私は終始圧倒されてしまっていたのであった。




