10、国王に承認して貰えました。
「そなたと王太子との婚約は、そなたが本当にその気になるまではしないで良いとしよう。」
それが、フランセイズ国王の出した答えだった。
「国王陛下、しかし……。」
「自分以外に、王太子に相応しい姫がいると、そなたは手紙に書いていたな。」
「はい。」
名前こそは伏せたものの、私は王太子が他の姫を愛するであろうことも、婚約辞退の理由として国王陛下にあらかじめ伝えていた。
「もしもそなたの言う通り、シャルマーニュ王太子に、他に心惹かれる姫ができたとしたら、その場合にもそなたとの婚約は考え直しても良いだろう。」
「ありがとうございます。」
「しかし…、そなたの言うように、息子が他の姫に目移りすることなど、ないように思えるのだがのう…。」
「国王陛下……。」
国王陛下がそんなにも私を買ってくださるのは、純粋に嬉しかった。
けれど、自分がもうすぐ死ぬことや、王太子が聖女と恋をするかどうかということよりも、今の私の関心は、感染症の流行をいかにすれば食い止められるか、ということの方が、遥かに気にかかることであった。
「それに、婚約辞退は公にはしないでおいた方が、そなたにとっても都合が良いのではないか?」
「それは…。」
ただの公爵令嬢でいるよりも、将来王妃になる予定の公爵令嬢でいた方が、今後の活動に遥かに有利であることは、厳然たる事実であった。
この先欲しいのは、国王陛下の後ろ楯。
それを得るためには、王太子の婚約者候補であるという立場は、無くさないでおいた方が良いに決まっていた。
「しかし…。」
「分かっておる、できない約束を担保に、王の援助を得るのは不義理だとでも考えたのだろう。」
「その通りでございます…。」
将来結婚できないと分かったのに、婚約者候補である立場はそのままに、国王の後ろ楯を引き出そうとするような、不誠実な真似は私にはできなかったのである。
「気にしなくて良い。」
「けれど…。」
「ひとまず、今現在において、今後王太子と婚約をする姫なのだという立場は、そのままにしておいて欲しい。であれば、儂がそなたを援助するのに、他に理由を付ける手間が省けるのだ。」
「国王陛下、それではっ…!」
「フランセイズ国王として、そなたの行っている疫病対策を、全面的に支援すると誓おう。」
「おおっ……!!」
何より聞きたかった言葉を、ついに国王陛下からいただけて、私は感激のあまり、その場に膝を付いた。
「国王陛下、感謝いたしますっ…!!」
「良い。そなたの望みは、儂の、そして国民の悲願でもある。存分に働くと良い。」
「ありがとうございますっ…!この身に替えて、必ず成し遂げてみせますっ…!!」
感激のあまり涙を溢した私に、国王も王妃も、嬉しそうに微笑んでくださっていた。
「では、今後の疫病対策については、シャルマーニュに言うが良い。王太子に、そなたの提案を最大限叶えるよう伝えてある。」
「かしこまりました。」
つまりこれからは、シャルマーニュ王太子とチームを組んで、疫病対策に取り組むということになるのだろう。
以前の王太子との関係であれば、想像もできなかったけれど、さっき会った様子なら、大丈夫かもしれないとも思った。
「早速取りかからせていただきます。」
私は深く一礼をすると、国王と王妃の前から退いた。
先ほどの国王陛下との話しでは、希望が通らない部分もあったけれど、現時点において最善の選択をして貰えたと感じた。
このまま、今後の施策について、王太子と話し合えたら良いのに、そんな気持ちで、私は再び広間に戻った。
けれど、広間にいた人々は、私が王太子とゆっくりと話すのを許してはくれなかった。
皆がこぞってに私に挨拶に来てくれ、街の美化についての褒め言葉を話したがった。
今まで親しくしていた貴族の令嬢や令息を無下にするわけにもいかず、私はその対応でてんてこ舞いとなった。
すべてが予想外の人気には驚いたけれど、こうしてもてはやして貰えるということは、今賛同してくれる他の貴族も味方に引き込めるということかもしれなかった。
今まで時間とお金を節約して、社交界から一時離れていたけれど、今後の施策を成功させるためには、貴族達の協力も必要になる。
私は、今日はこれ以上王太子と話を進めるのは諦めて、広間に集まった貴族達との対応に集中することにした。
ふと見ると、広間の隅に、マルセイル伯爵が談笑しているのを見つけた。
マルセイル伯爵は、マルセイル地方で、唯一国に許された、最高品質のマルセイル石鹸を作っている職人を抱えている伯爵である。
私は、なんとかマルセイル伯爵に近付こうと、伯爵との距離をじわじわと縮めた。
そう、私の次の狙いは石鹸である。
質が良く、安価な石鹸を国民に広める。
そのために必要な知識の鍵は、きっとマルセイル伯爵が持っているのではないかと、私はそう感じていた。




