11、マルセイル伯爵が味方になりました。
マルセイルは、フランセイズ王国の北に位置する帝都プリエから見て、南に位置する都だった。
海に面した港街で、沢山の海産物が採れ、オリーブ畑が繁り、貿易も盛んな豊かな街である。
マルセイル石鹸、セボン・ド・マルセイルは、先々代の国王が厳しく製法を定めた、最高級石鹸だ。
貴族でも、限られた一部の者の手にしか入らないけれど、公爵家である私、カミーユの家にも当然あると言えばある。
けれど、高級品のため、そうふんだんに使うというわけでもなかった。
「ごきげんよう、マルセイル伯爵。」
私はドレスを軽く摘まみ、淑女の礼でマルセイル伯爵に話し掛けた。
「これは、オルレアン公爵令嬢、ご無沙汰しております。」
「以前いただきました、マルセイル石鹸、大変重宝しておりますわ。」
「喜んでいただけて何よりです。また御入り用でしたらおっしゃってください。公爵令嬢様のためでしたら、いつでもご用意いたします。」
「ありがとうございます。実は私、今とても石鹸を欲しがっておりますの。」
「なるほど。」
マルセイル伯爵は、私をじっと見ていた。私が最近帝都の美化を始めたという噂は、どうやらマルセイル伯爵の耳にも届いているようだった。
「マルセイルでは、石鹸は年にいくつくらい作られていらっしゃいますの?」
「一年に500個程度です。厳しい掟がございますので。」
「まあ、年間500個ですのね、大変貴重な品ですわね…。」
予想していたとはいえ、やはりかなりの少なさだった。
「マルセイル石鹸は、一時マルセイルを真似た粗悪品が出回った歴史から、厳しい掟を先々代により定められました。その製法を正しく守っているため、生産量が少ないのです。」
「ちなみに、どのように作っていますの?」
「マルセイル地方で5月以降に収穫した、熟したオリーブで作った油のみを使用し、それをマルセイルの海に生える海藻を焼いた灰に混ぜ、固まった後に、4~5ヶ月熟成させます。」
「なるほど。」
簡単に聞いただけでも、高級な理由がよく分かる、手間のかかった製造法だった。
「正にセボン・ド・マルセイルは、フランセイズの宝でございますね。」
「ありがとうございます。でも、本当にご令嬢がお伺いされたいのは、別の話でございましょう。」
マルセイル伯爵は、私の目当てをすでに見抜いていたようだった。
「お分かりになられていたのですか?」
「あなたが帝都プリエの美化を始めたとお伺いした頃から、次に話をいただけるのはこちらかもしれないと、薄々感じておりました。」
「なんと……。」
マルセイル伯爵は、想像していた以上に頭の切れる方だった。
そしてそれは、話をする上では非常にありがたいことでもあった。
「ならば単刀直入に申し上げます。」
私は、腹を決めると、正面からマルセイル伯爵に商談を持ち込むことにした。
「私は安価で民に分配でき、かつ質の良い石鹸を求めております。マルセイルで、そのような石鹸を作ることはできますでしょうか?」
「ふむ。」
マルセイル伯爵は、自分の顎を撫でながら、考える振りをした。
けれどその表情から、私の希望はすでに予想されていたと読み取ることができた。
「できない、と言ったなら、あなたはご自分のところで、なんとか開発しようと頑張られるのでしょうな?」
「その通りです。」
「でも、できると言えば、すでにノウハウも信用もある者に石鹸作りを頼めるので、それに超したことはないのでしょう。」
「はい。おっしゃる通りです。」
「しかも、きっと最初の石鹸は、疫病防止のために、民に大量に、無償で配りたいと考えていらっしゃるのではないですか?」
「まさにその通りです。読心術でも使われた気分でございます。」
「ならば、我々は最初に大損をするわけです。………けれど…」
『長い目で見れば、必ず利益として返ってくる。』
続く言葉は、私とマルセイル伯爵の声が重なった。
ふふ、とお互いに笑いが溢れる。
「最初こそ、資金が必要ですが、国民に石鹸が浸透し、皆が買い求めるようになった時に、安価で皆の手に届く石鹸として、最初に買うのは、我々の作った石鹸になるでしょう。販路を拡大すれば、そこから産まれる利益は、今までの比ではなくなります。」
「さすが、貿易の街の伯爵様ですね。私の浅知恵など、すっかり見通されておりました。」
「けれど、何故その話をこちらに持って来られたのですか?長期的に見れば、全てをオルレアンの利益にすることもできたはずでは?」
確かにそれを考えなかったわけではない。最初の投資はあるものの、一からオルレアンで石鹸を作って、後に利益を上げることもできた。
「私には、時間がないのです。」
けれど、私には時間も資金も限られていた。
疫病を封じるためには、石鹸だけ作って配って、はい、おしまい。では足りないのだ。
「だから、皆様のお力が必要なのです。」
大切なのは、利益ではなく、疫病をいかに封じるかということ。
そのために借りられる力は、全て借りておきたかった。
「あなたが話の分かる方で良かったです、マルセイル伯爵。ぜひ、これから詳しい話をさせてください。」
こうして私は、このパーティーにおいて、マルセイル伯爵という頼もしい貴族を味方に引き入れることにも成功したのだった。




