78、王太子妃になりました。
シャルマーニュ王太子からのプロポーズを受けてから一ヶ月が経ち、私は正式に王太子妃として、結婚式の日を迎えていた。
各国の要人を招いての結婚式は、どうしてもある程度は豪華にせざるを得ず、かなりの税金を使う。
今はペスト対策にお金を使いたいと考えていた私は、結婚式を挙げるのもペストが収束した後の方が良いかもしれない、と悩んでいた。
けれど、結婚式ともなれば各国の要人を沢山招き、街でも人が集まることになる。
沢山の人を集めるのであれば、コレラが収束し、ペストがまだ発生していないこの時点か、もしくはペストも完全に終息させるまで待たなくてはならない。
私としては、そんなに急がなくても、全てが終息するまで待っても良いかと思っていた。
けれどシャルマーニュ王太子に、各国の要人を招いて、そこで王太子妃としてきちんと顔を覚えて貰ってから、各国にペスト対策を伝授した方が、よりそれぞれの国がペスト対策を実行して貰える、と言われて、確かにそうかと考えたのだ。
各国の国王としても、他国の良く分からない公爵令嬢から指示されるよりも、他国の実際に会ったこともある王太子妃から疫病対策の知恵を貰った方が、より外聞も良いだろう。
他国にも動いて欲しいのなら、実際に顔を合わせての挨拶と、肩書きがあるとないとでは、効果が段違いなのは考えなくても分かった。
自国のみならず、他国への疫病対策にまで、こんなに心を砕いてくれるなんて、シャルマーニュ王太子はなんてすごい方なんだろう、と私は結婚式当日までそう思っていた。
けれど、結婚式直前になった時に、
「本当は他国への疫病対策のためなんて口実で、私が一日も早くカミーユと結婚したかっただけだったんだ。」
と、そうシャルマーニュ王太子に白状された私は、どういう表情をして良いか分からなかった。
ただ、そこまで王太子に求めて貰えていたことが、恥ずかしくも嬉しかったことだけは確かだった。
ウェディングドレスには、純白を選んだ。
白く、布の少ないマーメイドドレスに、長いヴェール。
白を選んだのは、カラードレスに比べて布を染めなくて済む分値段が抑えらるという利点もあったけれど、私のウェディングのイメージは白と決まっていたせいもある。
けれどこの世界では今まで結婚式にはカラフルなドレスが一般的で、特に赤が人気だったため、私が選んだ白一色のウェディングドレスは、世間にセンセーショナルに受け止められた。
「綺麗だ……。」
純白のウェディングドレス姿になった私を見て、シャルマーニュ王太子はうっとりとした顔で、そう褒めてくれた。
「ありがとうございます…。」
マーメイド型のドレスも、フリルが少ない分値段が抑えられるという理由もあったけれど、ずっと憧れていたスタイルだったので、ついに袖を通すことができたのは、本当に嬉しかった。
前世では、結婚をする前に死んでしまったし、小説の中でも、きちんと結婚できる前に処刑されていたので、間違いなく、これが私にとっての初めての結婚だった。
ヴェールガールは、シルヴィにお願いすることにした。
長いヴェールの先ををシルヴィに持って貰いながら、ヴァージンロードを進む。
私が今こうして、命を永らえているのは、全てシャルマーニュ王太子とシルヴィのおかげだった。
今こうしてシルヴィに見守られながら、シャルマーニュ王太子の元に嫁げるなんて、三年前には思いもしなかった。
「一生、私が守るから。」
ヴァージンロードを進んだ私に、シャルマーニュ王太子は、そう約束してくれた。
シャルマーニュ王太子には今までも何度も守って貰えていた。
そしてこれからも、シャルマーニュ王太子なら、きっと私を死ぬまで大切に守って貰えるだろうと信じることができた。
これからは王太子妃として、私もシャルマーニュ王太子をお守りしていけたら良いと思った。
私は王室に代々伝わる、王太子妃に授けられるティアラを、国王の手から頭に被せられた。
これをもって、私は正式にシャルマーニュ王太子の妃となった。
私はバルコニーに出て、そこに集まっていた沢山の人々からの祝福を受けた。
そんな私達を、シルヴィとアラン・フレーズ卿は、二人並んで後ろから見守ってくれていた。
正式にシャルマーニュ王太子の妃となってからのことは、毎日が幸せで、忙しくて、公務にペスト対策に外交に、日々は目まぐるしく過ぎて行った。
やらなくてはいけないことは山のようにあり、身体が何個もあれば良いのに、一日が四十八時間あれば良いのに、と思うことばかりだった。
そして、王太子妃となって、約半年の時が過ぎた頃、ついにその時はやってきた。
南イタリーのナポレスで、ついにペストの発生を確認したとの一報が入ったのだった。
私はすぐさま、イタリー王国との民間における交流を全て差し止めた。
そして同時に、イタリー王国の国王に書簡を送り、ペストがついに発生したこと、人同士の感染力が極めて高いため、国民同士の交流を極限まで減らし、カフェやレストラン等の営業をテイクアウトのみに変更すること、等を要請した。
イタリー国王には、すでに書簡で何回かペスト発生の危険性と、その対処法を伝えていた。
迅速に対応して貰えれば、国民の半分が死ぬような大惨事は避けられるはずだった。
幸いなことに、我がフランセイズ王国は、上下水道をはじめ、ほとんどの準備を終えることができたのだった。
そして、イタリーとの交流を絶つことは、フランセイズにおけるペストの発生を遅らせることには成功したけれど、食い止めるまでには至らなかった。
フランセイズで一番始めにペストが発生したのは、輸入した布を扱う織物店だった。
イタリーを経由して、インディカから輸入した布に付いていたノミに、ペスト菌が付いていたのだ。
私は即座に織物店を閉鎖し、その織物店で布を買った全ての人を追跡調査した。
フランセイズ初のペスト患者になってしまった、織物店の店主は即座に隔離し、防護服を着たシルヴィによって、連日浄化の魔法を受けた。
織物店の品物は全て焼却処分をして、品物のなくなった織物店は徹底的に掃除と消毒をした。
迅速な初期対応のおかげで、店主は無事に回復することができた。
焼却処分された品物の代金については、国で補償をした。
同時に私は、南イタリーにおけるペストの発生を周辺国に書簡で伝え、各国においても早急にペスト対策を始めることをお願いした。
私が王太子妃という立場になっていて、すでに各国の王族と会っていたことは、非常に有利に働いた。
発生国の近くの国から、他国への移動を一時中止するようにお願いができたからだ。
ペストが発生したなら、まず各国同士が人の移動を制限すること、また、どうしても移動しなくてはならない人には、厳しい検疫を設けること。
これらはペスト発生前から、賛同してくれる国々にお願いしていたことだった。
もちろん全ての周辺国が、そんなお願いに応じてくれたわけではい。
人の移動を制限するということは、そのまま経済にダメージを受けることになるからだった。
経済よりも命が大切、そんな言葉は、まだ疫病の脅威を実感してないうちには、心まで届かない人も多くいた。
けれどそんな人達も、実際にペストが発生し、国内に死者が増えてくると、慌てて国交を封鎖するようになった。
後手に回ったせいで、死者を食い止めることまではできていなかったけれど、それでもそれ以上の感染の拡大を食い止める効果はあった。
ペストとの戦いは、簡単ではなく、短くもなかった。
特効薬のない中での感染防止には、経済へのダメージが深刻だった。
この日のために貯めていた国庫は、さほど豊かではない。
疫病予防対策の時点で、どうしてもある程度の予算を使わなくてはならなかったからだ。
完全なる補償はできない。
けれどその中でも、国民に最低限の経済活動はして貰いながら、できる限りの経済補償と、医療費の国庫負担をしていった。
国庫が例え空になろうと、大切な国民の命を失うよりは良い。
これは戦争だった。
伝染病であるため、フランセイズはじめ周辺国は人達の集まりを禁じるしかなかった。
金の流れは、人の流れから生まれる。
そのため、本来であれば経済へのダメージは計り知れないものになるはずだった。
けれど今回に関しては、事前に準備できたという、大きな利点があった。
私は人々の経済活動を継続しながら、かつ疫病の伝染を防ぐ政策をひたすら考え出しては、必死に打ち出していったのだった。




