77、求婚して貰えました。
私は本当に、死の運命から逃れられたのだろうか?
自分の運命を知ってから三年の間、私はずっと、約束されていた自分が死ぬ未来に怯え続けていた。
昨日セイネ川で起こったことは、あまりにも非現実的過ぎて、まるで夢でも見ていたかのようだった。
遊覧船から落ち、シャルマーニュ王太子に助けられ、そのまま意識を失ってしまった私は、そのまま自宅に戻され、医師の診察を受けていたようだった。
私の意識はその間ほとんど無く、ただ時折ぼんやりと、隣に人がいるのを感じていた。
私がようやく気がついたのは、瞼に朝の光を感じてからだった。
ずいぶんと眠り過ぎてしまったような、重い瞼をゆっくりと開けると、最初に目に飛び込んできたのは、朝日に煌めく金の髪だった。
その光景は、どこか既視感のあるものだった。
シャルマーニュ王太子だ、と、遅れて気付く。
シャルマーニュ王太子はまた、寝ている私の枕元で、私が目覚めるまで待ってくれていたのだ、と分かった。
前回コレラで死にかけた時には、目覚めてすぐにシャルマーニュ王太子の美しい顔に迎えられた。
今回シャルマーニュ王太子は、私の枕元に突っ伏して眠ってしまっていた。
一国の王太子が、婚約者とはいえ、ただの公爵家の令嬢のために、寝ないで枕元に付き添うなど、普通であればまずあり得ないことだった。
それも一度ならず二度まで、自分も起きていられないほど疲れているのに、シャルマーニュ王太子は、私の枕元に居続けていてくれたのだ。
きっと家臣達は、王太子に部屋に戻って休むように再三促したに違いない。
けれど王太子は、きっと家臣達の言葉に逆らい、自分の意思でここに居ることを選んでくれたのだと思う。
それがどれほどのことであるのか、分からないほど私は無知ではなかった。
思い出すのは神の言葉。
私が生を望まれている限り、私が生きることを許してくれる、と。
七色の光と、神の声。
そんなものは、ほとんどの者が体験するのは初めてだろうと思う。
天を覆っていた七色の光と、頭の中に直接響く声は、並みの者では動けなくなるほどの畏怖を感じるだろう。
それは王太子であっても、例外ではないはずだった。
けれどそのような中にあって、王太子は毅然と神に対して反論をしてくれた。
私の生を望まない日など来るわけがない、と。
それは、どれほどの愛だろうか、と。
あまりにありがたくて、勿体無くて、嬉しくて、私は涙を堪えきれなかった。
「ありがとう…ございます…。」
私は、シャルマーニュ王太子の寝顔に、そうお礼を言った。
たった一言のお礼では、とても今の気持ちを言い表せなかったけれど、他にどう表現すれば良いのか分からなかった。
涙がこぼれて、視界がぼやける。
ふと、頬を伝う涙を、誰かの指がぬぐってくれるのを感じた。
「泣かないで……。」
気が付くと、シャルマーニュ王太子は目を覚ましていた。
「カミーユ、無事で良かった…。」
私を見るシャルマーニュ王太子の瞳は、どこまでも優しくて、心から安心したような笑顔に、私は胸を締め付けられた。
「シャルマーニュ様が、助けてくださいましたので…。」
死なないで良かった、再びシャルマーニュ王太子の元に戻って来られて良かったと、心から思った。
「あなたがいなくなっては、私も生きていけない。」
シャルマーニュ王太子は、私の髪を撫でながら、優しくそう語りかけてくれた。
「シャルマーニュ様…。」
「あなたの命の危機は、私達があなたの生を望む限りなくなったのだろう?」
「はい、本当にシャルマーニュ様はじめ、皆様のおかげで…。」
「なら、改めて、どうか私と結婚してくれないだろうか?カミーユ・オルレアン公爵令嬢。」
シャルマーニュ王太子は、ベッドの上の私の左手を取ると、その甲に口付けをした。
「シャルマーニュ様……。」
ベッドの上での、改めてのプロポーズに、私の胸はいっぱいになった。
「はい、ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします…。」
予想をしていなかったタイミングでの求婚に、私はどう答えて良いか分からず、真っ赤になりながら、精一杯の了承の返事をした。
「ああ、カミーユ!必ず幸せにする!」
私の了承の返事に、シャルマーニュ王太子は大喜びで私を抱き締めてくれた。
「「「おめでとうございます!!!!」」」
その瞬間、扉が開いて、扉の向こうで聞き耳を立てていたであろう、シルヴィや、フレーズ卿や、ジャン少年や、侍女のアンナや、その他数人がなだれ込んできて、私は度肝を抜かされた。
「皆、そこにいたの!?」
「カミーユ様!ご無事で何よりです!」
「そしてご結婚おめでとうございます!」
「とにかくおめでとうございます!!」
扉の将棋倒しに重なったまま、そう口々に祝いの言葉を口にしてくれる皆を見ながら、私はこんなにも皆に大切に思って貰えていることが、改めてどうしようもないほど嬉しいと感じていた。
「カミーユ様!本当に、本当に良かったです!!」
シルヴィが倒れた人の山から抜け出し、私に抱きついてきた。
「ごめんなさい、また心配をかけてしまったわね。」
私をギュッと抱き締めてくれるシルヴィは、肩が震えていた。
私は水に落ちた時のことを思い出した。
私を助けてくれた、あの白い魚。あれは確かにシルヴィだった。
「シルヴィ、あなた魚に乗り移ったの?」
「わからないです。ただ、助かって欲しくて必死でした。」
シルヴィは、あの時のことをゆっくりと話してくれた。
「聖堂で祈りを捧げている時に、虹色の光を感じて、カミーユ様が連れて行かれてしまう、と思ったんです。それからは、ただひたすら祈りました。」
「そうだったの…。」
聖女の祈りには、不思議な力がある。きっとシルヴィの祈りが、他の人にも通じて、あんなに沢山の魚が私を助けてくれようとしたのだろうと感じた。
「ありがとうシルヴィ…、あなたの祈りがなかったら、私はきっと助からなかったわ。あなたには、何度も命を助けられて、本当になんてお礼を言って良いかわからない…。」
「カミーユ様がいなくなったら、私も辛すぎて生きていけないです。皆もそうです。皆、カミーユ様が大好きですから!」
シルヴィの言葉に、後ろで体勢を立て直していた、アラン・フレーズ卿も、侍女のアンナも、ジャン少年も、皆が笑顔で頷いてくれていた。
「ありがとう…、皆、本当にありがとう…。」
好きだと言って貰えるのが嬉しくて、ありがたくて、皆のおかげで命を繋ぐことのできた、今のこの瞬間が、何より尊いと感じた。
「私も、皆のことが本当に大好きよ。」
泣き笑いの私の周りで、こんなにも優しい人達に囲まれて、私は心からこの世界で生き続けられることを幸せだと感じていたのだった。




