71、あと半月です。
石鹸と言えばマルセイル。その名に恥じず、マルセイル伯爵は、安価で、かつ品質の良い石鹸を沢山作ってくれていた。
今回の救援隊でも、マルセイル伯爵の作った石鹸に、ものすごく助けられている。
同時に石鹸を作れば儲かると考えた業者による粗悪品も、沢山作られるようになった。
粗悪品の大量流出は、水質汚染に繋がる。
下水処理施設が完璧でない現在では、粗悪品の流出は規制したかった。
けれど、良質で安価な石鹸が他社でも作られることは歓迎である。
そのため私は、国の定めた基準を満たした石鹸には、品質マークを付けることを許可した。
同時に、市場を巡回し、粗悪で洗浄力も低く、水質汚染につながるような石鹸は販売を禁止し、同時に偽の品質マークが付いている商品にも目を光らせた。
国の品質基準を設けたことで、今どの程度の石鹸が国内で出回っているのかを、国が把握することもできた。
マルセイル石鹸が国御用達の一番の石鹸であることに変わりはなかったけれど、他国への輸出も考えると、生産量に限りがあった。
石鹸はなるべく沢山、多くの人の手に渡る必要がある。
そのためには、市場を独占するのではなく、様々な商社が競争するのは悪いことではなかった。
けれど、マルセイル伯爵には今後も良い石鹸を沢山作って貰いたいため、他国への輸出用にと、マルセイルには事業を拡大して貰えるようにお願いした。
マルセイルさんが作ってくれないなら、他社の石鹸を輸出用にしますが良いですか?という無言の圧力が効をそうしたようで、マルセイル伯爵は快く事業の拡大に応じてくれた。
商社は増えたけれど、現時点でマルセイル石鹸が一番品質が良く、水の汚染も少ないことは確かだった。
私は周辺国での衛生状態向上のため、マルセイルの輸出用石鹸を、まずは国で買い上げた後に配り、各国で石鹸の使用が広まってくれるように働きかけたのだった。
国に対して送った石鹸が、きちんと国民一人一人に届いているかは、その国の裁量に依るけれども、他国民としてできるのはそこまでだった。
それ以上してしまっては、内政干渉になってしまう可能性がある。
上下水道と浄水場についても、完全ではないものの、工事は順調に進んでいる。このペースで工事が進めば、フランセイズは数年後には水道設備の整った、素晴らしい国なることだろう。
ペニシリンはすでに医療現場で実用化されており、破傷風の治療などには目覚ましい効果を上げている。
ペニシリンが効かない菌も多いし、下手な乱用は耐性菌の出現を促してしまうため、扱いには注意が必要だけれど、抗生物質という概念が医学界に与えた影響は甚大だと感じている。
ゆくゆくは、科学者や医学者により、ペニシリン以外の抗生物質も発見され、医学は飛躍的に進歩すると信じている。
例えばペストに効く抗生物質も、探せば見つかるという概念だけは、研究者である皆に伝えてはいる。
一年後に控えたペストの流行までに、ペスト用の抗生物質を発見するのはまず無理な話ではあるけれど、将来的にそれさえできてしまえば、かなり状況は変わるはずだった。
細菌学を進歩させるためには、顕微鏡の開発が不可欠である。
私には知識が足りず、顕微鏡の発明までは手が及ばなかったけれど、顕微鏡という概念があることだけは研究者に伝えておいて損はないだろうと思う。
早速後で、シャルマーニュ王太子を通じて研究者に伝えようと思った。
できることは何でもやってきたつもりになっていたけれど、こうして振り返ってみると、まだまだ足りないところ、やりたいことがいくつも見つかった。
街中で命を狙われた時、あの時の矢は、リ・コーズ製のものだった。
オルレアンを一番敵視しているのは、ブルゴーニュ派の貴族だった。
ブルゴーニュ派はリ・コーズ国に近しい貴族が多いため、あの時襲撃してきた刺客は、ブルゴーニュ派の貴族が指示したのではないかと予想できた。
であれば、その大元であるブルゴーニュ公爵と懇意になれたことから、ブルゴーニュ派から命を狙われる危険は大幅に減ったと思えたけれど、でも完全に安心することはできない。
ブルゴーニュ派とは言え一枚岩ではないだろうし、どこに私を疎ましく思っている人が潜んでいるかは分からないからだ。
あの後から私の護衛に付いてくれたアラン・フレーズ卿はとても良く働いてくれた。
いかつい顔に似合わず、甘い物が好きで、真面目で、リ・コーズ王国への救援隊にも同行してくれた。
苺のように赤い髪で、頬を赤く染めながら赤い苺を頬張る姿は本当に可愛らしくて、フレーズ卿という名前にぴったりの人だった。
私が死んだら、フレーズ卿も悲しんでくれるだろうか?と思う。
きっと淡々と次の任務に就くかもしれないけれど、私の護衛についていた時間を無駄だったとは思わないで貰えたら嬉しいと思った。
自分の今までの行動を見直していると、それだけで日々は過ぎ、私が死ぬ予定の日まで、残りあと半月ばかりとなっていたのだった。




