69、テオドール大司教が話してくれました。
聖堂の奥にある、大司教の部屋。限られた者だけが出入りを許されているそこに、私は初めて入るのを許されていた。
広い空間の中央に、祭壇のように、壇の高くなっている区画には薄い帳が張られていて、その中に小さな人影が見えた。
「カミーユ・オルレアン公爵令嬢でいらっしゃられるか?」
そしてその中から、小さな品のある声が聞こえてきた。
「どうぞこちらへ。」
私は促されるまま、帳の中へと入った。中には白い司祭服に身を包んだ、小さな老人が座っていた。
「座ったままの無礼、どうぞお許しくだされ、ワシは、フェルディナン・テオドール大司教じゃ。」
「初めてお目にかかります、カミーユ・オルレアンでございます。」
私は初めて会うテオドール大司教に、淑女の礼をした。
一見小さな老人であったけれど、テオドール大司教からは、底知れぬ威厳を感じた。
「足が弱っていて、立って礼ができぬのは誠に申し訳ない、どうかカミーユ殿もそちらの椅子に腰掛けてください。」
柔和な表情であったけれど、なんとも言えない近より難さに、私は小さく礼を言うと、言われた通りに椅子に腰掛けた。
「カミーユ殿が、街の美化と疫病の予防に尽力されていることを聞き、ワシは本当に何よりありがたいと思っております。」
「いえそんな、まだまだ至らないところばかりですが、少しでもお役に立てれば何よりです。」
テオドール大司教は、静かに私を見つめていた。その一見柔和に見える表情の奥にある瞳は、どこまでも澄んでいて、全てを見通しているかのようだった。
「実に、予想以上でありました。まさかカミーユ殿が、ここまで頑張ってくださるとは、本当に私は嬉しく思っております。」
「ありがとうございます。」
ただ単純に誉めて貰えているのかと思い、私は素直にお礼を言った。
「あなたに前世の記憶を思い出していただけて、本当に良かった。」
「え…………?」
テオドール大司教は、私を真っ直ぐに見つめていた。
私の行動が、前世での記憶を元にしていることは、誰にも話していないはずだった。
神からのお告げ。
聖堂には、そういうことにして報告していたはずだし、宮廷にも、そのように説明していたはずだった。
「テオドール大司教様………?」
その底知れぬ澄んだ瞳には、この世の全ても、そしてこの世ならざる全ても見通しているかのようだった。
「ワシは、神の意に反しました。」
「え?」
柔和な口元から紡がれる、衝撃の言葉の数々に、私はただ聞き返すことしかできなかった。
「この部屋は広くなっておるでしょう。」
「は、はい……。」
テオドール大司教の言葉の意味が掴めず、私はただ聞き漏らさないように、耳をそばだてた。
「色々なものが見える時があるのです、この部屋を通して。」
それは千里眼のようなものなのか、はたまた予知のようなものなのか。私が目を凝らしても、そこにはただ床と壁しか見えないけれど、きっとテオドール大司教には、様々なものが見えているのだろうと感じられた。
「聖女の誕生を見ました。」
「まあ……。」
シルヴィが異例の早さで列聖されたのは、テオドール大司教が「見た」せいでもあるのだと、私は初めて理解した。
「おびただしい人が死にます…、それを助けるのが聖女であると…。」
「ああ……。」
それは私も知っている、小説に書かれた未来だった。
「死ぬのです、たくさんの、あまりにもたくさんの人が、聖女は、人が死んだ後からでないと助ける力を持たないのです。」
テオドール大司教の声は苦しそうだった。
「司教も、修道女も、貴族も、平民も、罪もない子供達も、あまりにもたくさんの人々が、手足を黒く染め、苦しみ、悲しみ、恐怖に震え、死ぬのです…、ワシにはそれが、耐えられなかったっ…!」
「大司教様っ…!」
テオドール大司教の苦しげな告白は、私の胸を突いた。
小説や挿し絵で、おびただしい人の死を知っただけの私でさえ、それを悲しいと思ったのだ。
実際に「見て」しまったのだとしたら、それはどれほどの衝撃だっただろうかと思う。
「その死を神がお望みであるとすれば、ワシは初めて、神に逆らおうと思ったのです…。」
「それで…。」
神の意に反したと、最初にそう言われた意味が、少しずつ分かってきた。
「あなたの死も見ました。」
「…………。」
「魔女の汚名を着せられ、火炙りにされる、哀れな少女……。」
「………はい。」
「けれど同時に、あなたの魂の前身に、未来の光を見たのです!」
「未来の、光…?」
「人は様々なものから生まれ変わります。牛、馬、虫、魚、草、木、そして様々な時と空間を越えた人から。」
輪廻転生、そうして魂は循環しているのだと、テオドール大司教はそれを知って「見て」いた。
「あなたの魂は、直前が未来に生まれていた人であった。これは稀有なことです。そしてワシは、そこに希望を見出だしたいと思ったのです。」
「そうだったのですね…。」
私が何故、突然前世の記憶を思い出したのか、それはずっと謎に感じていたことだった。
そして今、その答えを、ついに明かして貰えているのだった。




