68、テオドール大司教に呼ばれました。
シャルマーニュ王太子が紹介してくれた技術者と、どんなものを作りたいのか話し合ってから一週間。
技術者は、見事に片手プッシュ式のスプレーボトルを作り上げてくれた。
「素晴らしい発明だわ!これは使えるわ!そして売れるわ!」
まずはこのスプレーボトルに入れて虫除けスプレーを作るとして、この画期的な発明は、必ずこの先他の国でも重宝されるはずだった。
ノミ駆除対策として、シャルマーニュ王太子とシルヴィの協力を得て施行したのは、まずはハーブ畑と、ハーブによる虫除け製剤製作の工場を作ること。
次に、王国お抱えの業者として、ノミ駆除を目的とした掃除や、ペット、家畜のシャンプー、ブラッシングをする専門業者を雇うこと。
そして個人でも掃除やペットの世話がきちんとできるように、ハーブ虫除けスプレー、ノミ取りブラシとクシ、専用塩の販売なども行うことだった。
また専門の役人に市内を巡回させ、室内や家周り、家畜の汚れが酷い家には、それぞれ指導をして、勧告に従わない者は強制清掃をできるように条例を改めた。
この美化条例には当然反発する動きもあったけれど、ペスト予防のためには多少の反発を受けても仕方がないと思っていた。
更に現在ようやくコレラの収束が見られはじめてきた周辺国へ、次に来るペスト流行の警告と、その対策として、上下水道の整備、清潔、ノミの駆除が大切な旨を手紙にして送り、同時にプレゼントとして、虫除けスプレーとショコラ・タブレットを添えて送った。
もちろんノミの駆除と、周辺国でもペストの流行を抑えることが、この国でのペストを防ぐためには重要、というのも理由であったし、この機会にスプレーボトルとショコラ・タブレットの良さを広めたいという狙いもあった。
狙いは当たり、しばらくしてから、改めて、虫除けスプレーとショコラ・タブレットを輸入したいという希望を、数ヵ国から貰うことができた。
ショコラ・タブレットも虫除けスプレーも、輸出ができる商品であることは、大きな利点だった。
こうして、スプレーとショコラ・タブレットの輸出で、フランセイズ王国は外貨を稼ぐことに成功し、同時にその資金を、国内のノミ駆除業者の賃金として活用することができた。
シャルマーニュ王太子がカミーユの案を国政として施行してくれるおかげで、ペスト予防のために政策は順調に進んで行っていた。
上下水道と浄水場の工場に関しても、ゴーレムの魔法も活用できるようになったため、かなりのスピードで工事が進んでいた。
二年足らずで全てを終わらせるのは無理かもしれなかったけれど、それでも工事を終えた区間が増えるほど、市民の生活は向上して行った。
一年足らずで、街からネズミは姿を消し、ノミの姿も激減していた。
ペスト対策は、順調に進んでいた。
これだけ衛生環境が整ったのなら、フランセイズ国内でもしもペストが発生しても、初期の段階で叩けるだろうと思えた。
けれど、もしも周辺国ですでに流行が広がってしまったとしたら、やはり収束させるまでにかなりの死者を出してしまうかもしれない。
周辺国の衛生環境も、フランセイズからの手紙のおかげで大分改善しているところが多かったけれど、正直まだまだ足りない部分が多かった。
他国でペストが発生した場合、特効薬のない今、やはり頼れるのは、聖堂の持つ浄化の力だった。
であれば、私が聖堂で浄化魔法を教えて貰えたように、他国にも浄化の力を伝授することはできないだろうかと思う。
基本的に聖堂の力は、国外への持ち出しは禁止であるように思える。
けれど、そこを曲げて何とかお願いできないだろうかと、私は改めて聖堂に足を運ぶことにした。
先んじてシルヴィには相談していたものの、その内容なら、当たり前ではあるけれど、シルヴィの一存ではお返事できないとのことで、聖堂に着いた私は、久しぶりにルーアン司教と話すことになった。
ルーアン司教と聖堂で二人きりで話すのは、私が前世の記憶に目覚めて、聖堂を訪れた時以来だった。
「お待ちしておりました、カミーユ・オルレアン公爵令嬢様。」
ルーアン司教は、柔らかな笑顔で私を迎えると、恭しく一礼をした。
「ご無沙汰をしております、ルーアン司教様。」
私も淑女の礼で応える。ルーアン司教は、私が初めて前世の記憶を告白した相手でもあり、相対すると不思議な安心感を感じた。
「そろそろいらっしゃる頃かと思っておりました。」
「あら?ルーアン司教様には、予見の力もありまして?」
私の軽口に、ルーアン司教はその柔和な瞳を開いて、静かに話した。
「いいえ、テオドール大司教様が、あなた様の訪れを予見されていらっしゃいましたので…。」
「テオドール大司教様が……。」
ルーアン司教の言葉に、私は息を飲んだ。
高齢のため、今は誰にも会わずに、聖堂の奥の部屋で、ただ神に祈りを捧げ続けていると言われている、テオドール大司教。
私も、幼い頃一度その姿を遠目から見たきり、それ以降一度も会うことなく、生存すら疑われることもある、伝説の大司教だった。
「テオドール大司教様が、カミーユ・オルレアン公爵令嬢様へお会いしたいと、そう申されていらっしゃいます…。」
そしてまさかの、テオドール大司教との謁見の誘いに、私は今までにないほどの緊張に、息を飲んだのだった。




