66、ノミ対策を考えます。
ペストは過去に二回大流行をしている。
治療法は特にない。ただひたすら、自然に収まるのを待つだけだ。
待っている間に、おびただしい数の人が死ぬ。
そもそもペストとは何であるのか、ペスト菌という概念すら、この世界の人の知識にはなく、ただ毒気という毒を含んだ空気が感染を広げていると考えられていた。
飛沫感染という定義で考えれば、毒気という考え方は完全な間違いとも言い切れない。
けれど飛沫感染は、感染者からの二次感染で起き、一次感染はネズミやペットのノミから移されることが多いので、毒気のみが感染源と考えるのは大きな間違いでもあった。
ペストは、患者の痰や膿からも感染する。それが分かっていなかった以前では、患者の膿を切開し、いたずらに医師に二次感染を起こさせる治療も行っていたようだし、逆に恐れ過ぎて、患者が出た家自体を板で封じ込め、患者ごと封鎖したりもしていたようである。
無知は、想像を越えた悲劇へと繋がる。
私は王太子の正式な婚約者になった立場を利用して、国立図書館に入れて貰い、過去のペスト流行に関する記録を読み漁っていた。
ペストの治療のためには抗菌薬が重要だけれど、ペニシリンはペストには効果がない。
そしてペストに効く効菌薬を、どうすれば精製できるのか、過去の文献にヒントになるようなものは見当たらない。
できればワクチンを作り接種させたいけれど、不活性化させたペスト菌をどうすれば手に入れられるかは分からない。
残念ながら、特効薬を目的とした場合、私の知識はあまりにも貧弱で役に立たなかった。
悲しいことに、私もまたこの病に対して無知であるのだ。
やはり従来通り、とにかく予防に務め、発症した場合は早期に浄化の魔法で消すのが一番効果が期待できた。
ペストの一次感染源は、ネズミを媒介とした動物のノミである。
つまりこれまで以上に、まずはネズミとノミを排除することが大切になる。
ペストの最大の温床は、不潔な環境である。
私が感染症対策を決意してから、約二年。この二年間で、街の衛生状態は劇的に改善していたけれど、それでもまだ足りなかった。
ありがたいことに、以前に提案した浄水場の計画は順調に進み、かなりの工程が進んでいた。
ゴーレムで作った鎧も、数個試験的に実用化されていて、今のところ問題なく稼働しているようだった。
浄水場と平行して、上下水道の整備も進め、下水は必ず浄水場で綺麗な水に戻してから川に流すようにすれば、ロンドルのティムズ川の汚染のような悲劇は避けることができるだろう。
ゴーレムアーマーの更なる増産、実用化、上下水道をいかに整備するかについては、後でより詳しく王太子殿下と相談しながら決めたいと思う。
この上下水道の整備に関しては、私が指揮を取るよりも、王太子に指示を任せてしまって大丈夫だった。
国の事業であるので、王太子が直々に決めていく方が私がでしゃばるよりも良いという理由だったのだけど、正直ものすごくありがたかった。
プリエの街にどのように上下水道を通すと良いのかなど、この上なく難しく、もしも私が指揮を取ろうとしたら、それだけで他の全てができなくなってしまうほど、難しい仕事だった。
王太子がその難しいインフラを担当してくれるおかげで、私は別の施策に手を付けることができるのだった。
ペスト予防のために必要なこと、それは、ノミの駆除である。
プリエ市内のノミと動物と人の関係は、実に劣悪だった。
だいぶ清掃は進んだとは言え、プリエの街はいまだにノミ天国である。
プリエにノミが多いのは、主に動物の扱いが悪いのが原因だった。
まずはネズミ。各家にかならず四匹はいるネズミは、以前の施策の効果で、かなりの駆除は進んでいた。
けれどまだまだかなりの数のネズミが数を増やしながらプリエの街の屋根裏や台所、家畜の餌の近くに住み込んでいた。
このネズミを更に徹底的に駆除を進めなくてはならない。
そして何より大切なのは、ノミの駆除だった。
ペットの猫、犬、家畜、更には人にまで、プリエにはまだまだノミが多い。
これは全ての動物が、ほぼ放し飼いにされているせいである。
まずはこの点を改めなくてはならない。
ペットや家畜を街中に離し飼いにすることを禁じ、全ての動物のノミ対策を徹底させる。
街中にいる野良猫、野良犬、野良豚などは国王の名の元に全てを捕獲し、定められた施設に収容して、ノミ対策をきちんとした上で、きちんと面倒を見られると約束できる希望者に配布する。
この政策が、最も市民からの反発を受けるだろうと予想されるものだった。
そもそもプリエ市内は、ノミを害虫と認識していながらも、その駆除はほとんど諦めている節があった。
けれどそれがペスト流行の温床なのだ。
いかに市民にも受け入れて貰えるノミ対策を提案できるか、それが、ペスト予防の可否を分けると考えても良かった。
私は改めて、いかにすれば効果的にノミ駆除を徹底できるのか、その方法に頭を絞ったのだった。




