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65、婚約式を挙げました。


 シャルマーニュ王太子との甘い時間を過ごして、私の頭はすっかりぼんやりとしてしまっていた。


 愛して貰えたことは、本当に全てを忘れてしまいそうになるほど嬉しい。


 けれど、本当に全てを忘れてしまうようなことはできなかった。


 私は正式に、シャルマーニュ王太子の婚約者となった。


 けれど、私の希望で、婚約式はできるだけ簡素にして貰えるようにお願いした。


 今はほんの少しの税金も、自分のためには使いたくなかったのだ。


 婚約式はサン・ソーヴル大聖堂で行われた。


 司祭を勤めてくれたルーアン司教の前で、婚約の宣誓を行い、私は婚約指輪を、シャルマーニュ王太子には、懐中時計をそれぞれ贈り合った。


 そのまま宮殿に移り、簡素な晩餐会を行う予定だった。


 婚約式を無事に納め、聖堂の扉を出た私は驚いた。

 あまりにたくさんの市民達が、聖堂前の広場に集まっていたのだ。


 人々は手に、白い可憐な花と、紫の綺麗な花をそれぞれ持っていた。


 カモミールとローズマリーである。


 以前人々がベランダなどで育ててくれたら良いと思っていたハーブを、人々は確かに皆、育てて花を咲かせてくれていたのだ。


「カミーユ公爵令嬢万歳!」


「未来の王太子妃様万歳!」


「シャルマーニュ王太子殿下万歳!」


「フランセイズ王国に栄光あれ!!」


 結婚式でもないのに、プリエ市民達は自主的に集まると、口々にそう、私達の婚約を祝福してくれたのだ。


「ああ…、なんという…。」


 カモミールとローズマリーの花束が、そのまま、プリエ市民の私への歓迎を表してくれていた。


「これが、国民皆の気持ちだな。」


 シャルマーニュ王太子は、誇らしげに、私の手に口付けをした。


 集まった市民の皆の歓声が大きくなる。



 先日、薔薇園で王太子殿下からのプロポーズを受けた時、きっと私の人生で、これ以上幸せを感じる瞬間はないだろうと思っていた。


 けれど、王太子殿下の隣に立ち、そして市民の皆に歓迎して貰えるなんて、私がそんな幸せな扱いを受ける未来があったなんて、想像すらしていなかった。


 カモミールとローズマリー、それ以上に私を歓迎してくれる花は、他にはないだろう。


 宮殿へと向かう馬車の上に、祝福の花として、カモミールとローズマリーの花が捧げられる。


 この日のプリエは、祝福とハーブの香りに包まれて、皆が笑顔を浮かべていた。


 私とシャルマーニュ王太子の婚約を聞いたシルヴィは、


『私の方がカミーユ様を好きだと思いますが、王太子殿下の方がきっとカミーユ様をお幸せにできると思いますので、祝福いたしますわ。』


と、言っていた。


 言っている意味が少しわからない部分もあったけれど、でも祝福して貰えて嬉しかった。


 小説の中では、シルヴィと王太子が恋仲になるのに、こんなにもすんなり祝福して貰えるなんて、やはりこの世界は小説と同じ設定でありながらも、別の物語なのかもしれなかった。


 それでも、やはり不安が残るので、今回婚約はしたものの、結婚はペストの流行を無事に抑え込めたら、約二年後を予定してもらうことにした。


 小説の中で私が死ぬのは、もはやあと約一年後にまで迫っていた。


 二年後になっても、私がまだ生き延びていて、更にペストの流行も抑えることができたなら、そこでようやく、私は安心して王太子妃になれるように思えたのだ。


「もしも神が、あなたの死を望むと言うのなら、私は神にさえ抗ってみせる。」


 シャルマーニュ王太子は、私にそう誓ってくれた。


 もしも小説の筋書きが、神の意思と考えるのであれば、疫病を抑えようと奮闘している私の行為こそが、神の意思に抗っているものかもしれない、と思った。


 でも、私の人生は、私が紡ぐ私の物語だ。


 そして幸いなことに、この物語の中にはまだ、私の死や破滅を望む人はいなかった。


 これはものすごいことだった。


 誰からも愛されず、疎まれて、最後には火炙りにされた、小説の中のカミーユ。


 私は同じカミーユでありながら、シルヴィにも王太子にも国民にも愛して貰え、今こうして王太子の婚約者として、国民から歓迎と祝福を与えて貰っているのだ。


 愛には愛を。祝福には祝福を。


 私は残りの時間全てを、国と国民と王太子と、そしてシルヴィのために使おうと、改めて心に決めたのだった。


 ペストの流行が起こるまで、あと約二年。


 そのたった二年の間で、どれだけの準備ができるのか。


 これから行う政策には、国民の痛みを伴うものも含まれた。


 一部の国民からは、きっと反発が起こることも予想できた。


 ことによれば、せっかく与えて貰えた歓迎と支持を失うことになるかもしれない。


 それでも、私はやろうと決めた。


 他ならぬ、大切な国民を、病魔の手から守るために。




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