64、シャルマーニュ様を愛しています。
私は何が起こったのか分からず、しばらく呆然としていた。
シャルマーニュ王太子の耳たぶが、まるで紅薔薇の花弁のように赤く染まるのを見て、遅れて今起こったことを理解する。
まるで、薔薇の花弁に口付けた時のようなしっとりとした感触が、まだ唇の上に残っていた。
「了承も得ずにすまない。我慢ができなかった。」
「いいえ、いいえっ…!」
何を否定しているのか、ただ、謝る必要はないと思う。遅れて頬が燃えるように熱くなった。
「あなたが好きだ、カミーユ。どうか私の妻になって欲しい。」
シャルマーニュ王太子は、私の手の甲に恭しく口付けをしてくれた。
「あ………。」
今、はい、と答えることができたなら、どんなに良いかと思う。
「…………。」
私は返事を迷っていた。
「あなたが返事を迷われる理由は、死を神に約束されているからですか?」
「……………はい。」
結局のところ、私が王太子にここまで言わせて、それでも承諾できない理由はそこが一番大きかった。
もしも私が死なないのであれば、もしくは、シャルマーニュ様が王太子などという責任ある立場でなければ、私はもっと簡単に、この美しい人からの愛を受け入れていただろう。
「でも………。」
私は何を守っているのだろうか、と、ふと疑問に思った。
国?国民?責任?シャルマーニュ王太子の心?
私が今ここで、王太子妃になることを拒み続けることで、守れるものは何なのだろう、と。
シャルマーニュ王太子は、私が一年半後に死ぬと言われていることを知っていてなお、私を妻に、と言ってくれているのだ。
ならば、私の気持ちを押し殺して、王太子の言葉を拒絶することに、どれだけの意味があるのか、私は段々分からなくなってきてしまった。
「私は、勝手です………。」
涙が溢れた。
違う、そう、王妃になって、すぐ死んだりしたら、国民に迷惑がかかる。
結婚式にも、葬式にも、税金が使われることになる。今はそんなことに使っている、余分な税金など少しもないのだ。
それに、国民をいたずらに喜ばせ、そして悲しませることになる。
であれば、やはり死を目前にしているのなら、王太子からの愛を受け入れるべきではないのだ。
それでも、と思う。
「ごめんなさい……、それでも私、シャルマーニュ様を、お慕いしています……。」
誰に謝っているのか、国民にか、世界にか。
そんなに強い愛なんて持ってはいないと、そう思い込んだはずなのに、
私なんて相応しくないと、何度もそう思ったはずなのに、
今目の前で、シャルマーニュ様に直接望んでいただけたのなら、そんな心の壁は簡単に吹き飛んでしまった。
そう、ずっと恋をしていた。
気付かないように心に蓋をしていたけれど、
私はずっと、シャルマーニュ様をお慕いしていた。
私を妻に、と、シャルマーニュ様がそう言ってくれた。
今シャルマーニュ様は、私を望んでくださっている。
今、この瞬間。
それならば、もう何も考えず、ただこの美しく優しく強い人の胸に飛び込みたかった。
難しいことは全て忘れて、ただ、愛しているのだと。
ただそれだけの気持ちのままに。
「カミーユ……。」
シャルマーニュ様の瞳は、宝石みたいに煌めいて、その奥に私だけを映していた。
その瞳が、長い金の睫毛に隠れる。そして再び、柔らかな薔薇の花弁のような唇が、私の唇の上に落とされる。
私も瞳を閉じ、その口付けを受け入れた。
「あなたを愛しています…。」
熱い吐息と、震える指先と、潤んだ瞳が、その言葉が真実であると語っていた。
幸せだった。
全てを忘れてしまいそうなほどに、幸せだった。
「私も、お慕いしています…。」
涙が溢れた。胸がいっぱいだった。
叶わぬ恋だと思っていた。
この唇が、愛を紡ぐ日が来るなどと、夢にも思わないでいた。
王太子の唇が、優しく私の目頭に触れ、私の涙を吸いとってくれた。
「どうか泣かないで、愛しい人。私はとても幸せだ。」
間近で浮かべたシャルマーニュ様の笑顔に、私も釣られて笑顔になった。
「あなたを、こうして抱き締められる日が来て、私はとても幸せだよ。」
蕩けそうな笑顔で、シャルマーニュ様は私を抱き締めた。
その胸に顔を埋め、その温もりを全身に感じて、私は天にも昇る心地だった。
「私も、幸せです……。」
願わくば、このまま時が止まって欲しい。
そう思うほど、私はこの瞬間に酔いしれていた。
シャルマーニュ様の身体に、私は腕を回した。
この愛しい人をできることなら離したくないと思う。
ずっとこの美しい人を、私を好きだと言ってくれる人を、こうして抱き締め続けられたら良いのに、と思う。
今のこの瞬間だけは、目の前の愛しいシャルマーニュ様のことだけを考えて、他のことは何も考えない、
私は、ただ幸せなだけのお姫様だった。




