62、国王陛下とお茶をします。
スパ・クルニーでの療養を終えて、プリエへと帰ってきた私達救援隊は、プリエ市民に熱狂的な歓迎をもって迎えられた。
各国で起こっている、恐ろしいコレラの流行と蔓延。
プリエをはじめとした、フランセイズ王国が、それらの国と近接してしながら、奇跡的にコレラから守られているのは、救援隊の皆の働きのおかげだと、連日報道されていたのだ。
新聞は、私達救援隊がいかにリ・コーズ王国で救援活動を行っていたかを報じ、私が出発前に感染防止のために手洗いうがい、消毒がいかに大事かを伝えたことも繰り返し報じられていた。
街には、手洗い、うがい、消毒、マスクをしようと呼び掛けるポスターが各所に貼られ、嫌でも市民の目につくようになっていた。
今や、フランセイズ国民の感染予防意識は、確実に高まっていたのである。
これは、チャンスだった。
周りの国でのコレラ蔓延の惨状を知り、国民の意識が感染予防に傾いている今なら、更に厳しい感染対策をして、来るべきペストの流行に備えても、普段ほどの反発は受けないだろう。
人は平時に防災を呼び掛けられても、さほど耳を貸しはしない。有事になって初めて、その大切さを実感するのだ。
ペストとは何か。私は過去の流行から、その特性をある程度勉強した。
ネズミやペットといった動物を媒介とし、ヒトヒト間で飛沫感染し、強い致死率を誇り、更に特効薬さえまだ作られていない、この恐ろしい病気を予防するためには、今よりも厳しい感染対策をしなくてはならない。
それは、国民にある程度の痛みを強いるものでもあった。
そしてそれを行うには、やはり一介の公爵令嬢ではなく、国が動かなくてはなし得ない事業であるのだ。
再びプリエに戻った私達救援隊は、国王陛下との謁見を許された。
今回のリ・コーズ王国での働き、並びにその前に行っていた、フランセイズ王国での感染防止活動についても、国王陛下から直々にお褒めの言葉をいただけたのだった。
参加者皆には、それぞれ褒美が渡され、今後の活躍にも期待する旨を伝えられた。
私としては、一緒に死線を潜ってくれた、大切な救援隊の仲間達が、国王から直々に評価して貰えたのは、本当に嬉しいことだった。
救援隊の代表として、国王との謁見を終えた私は、その後個人的に国王のお茶に呼ばれることとなった。
失礼のないように、国王とお茶をするのに相応しい、清楚なドレスに着替えた私は、国王のお気に入りのテラスに入ることを許された。
テーブルの上には、フランセイズの粋を尽くした最高級の菓子が並んでいる。
私は国王の正面に座ると、良い香りの紅茶を注いで貰った。
ダージリンのファーストフラッシュだと思われるその茶葉は、春の若々しい爽やかな香りで、心を和ませてくれた。
「無事に戻って来られて何よりだ。リ・コーズでの救援活動、実に素晴らしい活躍だった。」
「ありがとうございます、国王陛下。足りない部分ばかり思い知る旅でありましたが、少しでもお役に立てたなら幸いです。」
「今回の旅で、シャルマーニュも大分成長して戻ってきたようだ。」
「王太子殿下にあらせられましても、体調に不都合なくお戻りいただくことができて幸いでした。」
私はお茶をいただきながら、国王陛下とゆっくりお話をした。
「リ・コーズ王国から、正式にショコラ・タブレットを輸入したいと申し入れがあった。この国にショコラ・タブレットの工房を増やしたらどうかと思うのだが、どうかな?」
「工房と言わず、工場をお作りになると良いかと思います。ショコラ・タブレットは、きっとこの国に大きな利益をもたらしてくれると見ております。」
「ふむ。」
国王陛下の目が、嬉しそうに私を見た。
「国民は皆、そなたを褒めておる。この国が今、コレラの脅威から守られているのは、全てそなたが先回りして施していた、疫病対策のおかげだとな。」
「もったいないお言葉です。私の施策は、数年後に発生するペストを予防するために進めていたもの。今回コレラの発生は予見できておらず、今回の結果は幸運な偶然に過ぎません。」
「謙虚なのだな。」
国王陛下は、ショコラタブレットをチップにして練り込んだショコラチップクッキーを一口頬張った。
「このショコラクッキーも、非常に美味しい。そなたの作ったショコラ・タブレットは、様々な菓子に合わせても、無限の美味しさが見つけられる。」
「お口に合い、これ以上嬉しいことはありません。」
チョコチップクッキーは、前世ではどこでも売っているありふれたお菓子だったけれど、この世界で初めて売り出したなら、それだけで莫大な売り上げを期待できるだろうと予想できた。
「ショコラ・タブレットの開発、的確な疫病対策、加えてその謙虚さ。今国民の間で、そなた以上に王太子妃に望まれている者はいない。そしてそれに関しては、私も王太子も同じ気持ちを持っている。」
「国王陛下…。」
国王陛下直々のお言葉に、私はどう返事をしようか、言葉に詰まったのだった。




