60、スパ・クルニーに入りました。
救援隊はクルニー浴場跡に作った大衆浴場の、第一号の利用者になった。
「クルニー浴場跡に作ったので、名前はそのまま、スパ・クルニーに決めてしまって良いでしょうか?」
「そうだな、分かりやすくて良いと思うが、せっかくあなたが作ったのだし、スパ・カミーユなどにしなくても良いのか?」
「そんな悪趣味なことはできません。」
軽口を言いながら、私はシャルマーニュ王太子始め、救援隊の皆と一緒に、クルニー浴場跡、改め、スパ・クルニーの門をくぐった。
「わあ、素晴らしいわっ…!」
できたばかりのスパは、文句の付けようのない美しさだった。
タイル張りの浴室は、きちんと男湯と女湯に分かれ、温泉とジャグジー、サウナ、露天風呂まで完備している。
リラックスルームもマッサージルームもあり、併設して泊まれる部屋も用意してある。
中にはレストランもカフェもあり、お風呂上がりに気軽に食事ができるようになっている。
この中でチョコやアイスを売れば、お風呂上がりに食べるのにも最適だろう。
レストランで自慢のフランセイズ料理を出すのも良いし、カレーズで考案した笹かまなどを串で焼いて、気軽に食べられるファストフードとして売るのも良さそうだった。
お風呂と言えば欠かせないのが瓶のコーヒー牛乳だけれど、私の希望で作られた完璧に近いコーヒー牛乳も、きちんと用意されていた。
建設と準備に関して、終盤にはほとんど関わることができていなかったにも関わらず、スパはほとんど私の希望をそのまま叶えた完璧に近いものが出来上がっていた。
「素晴らしいわ、よくここまできちんと作ってくれてっ…!」
私の賞賛に、スパ建設の責任者は嬉しそうに胸を反らした。
あとは価格を庶民でも入りやすい程度に設定し、庶民にも広く開かれたスパ施設として、皆に利用して貰えるようになれば良いと思う。
スパ施設を美しいまま維持するためには、かなりの人手が必要になるので、人手も市民から募集すれば、雇用の促進にも繋がるだろう。
庶民が気軽に利用できるスーパー銭湯。
ここが成功するようなら、似たようなスーパー銭湯や、もっと簡易的な銭湯を沢山作ることも考えられる。
けれど、実際に伝染病が蔓延したとしたら、そのような人を集める場は、逆に感染の温床となってしまう可能性がある。
であれば、各家庭にお風呂を設置するのが望ましいけれど、そのためには、先に上下水道の整備を整えなくてはならない。
小説の中でペストが流行しはじめるまでは、あと二年と半程度の期間しかない。
たった二年半で上下水道を整備し、各家庭にシャワーとお風呂を完備させるなんて、魔法でも使わない限り無理だろう。
「魔法……。」
でも、魔法を使えばできるかもしれない。
以前に考えた、生命の魔法を応用したゴーレムを使い、更に人手も募集すれば、それも雇用に繋がる。
ただ問題は、そんな大規模工事を行うなら、国の承認が必要不可欠であるという点だった。
「うーん…。」
私はスパ・クルニーに作られた、屋外炭酸泉に浸かりながら、頭を絞っていた。
「大丈夫ですか?」
隣にはシルヴィがいる。今回の救援隊に参加した女性は、私とシルヴィだけだったので、必然的に今ここスパ・クルニーの女湯にいるのも、私とシルヴィだけだった。
「私は大丈夫よ、シルヴィこそ、働き詰めで疲れたでしょう。」
今回の救援隊で、一番の活躍を見せたのはシルヴィだった。
皆を浄化し、回復させ、死の淵まで行きかけた患者の命を、何人も救った。
休む間もなく働き、ゆっくりと話をする間もないほどだった。
何より大きな功績は、一度は心臓が止まってしまったリ・コーズ王国の王女を、死の淵から蘇えらせたことだった。
「シルヴィがいなかったら、私は今頃火炙りになって、とっくに死んでいたわ。シルヴィには二回も命を救って貰って、なんて感謝を言ったら良いか分からないわ。」
一度目は私がコレラに感染して死にかけた時、二度目には、王女を助けられなかったことから、魔女呼ばわりされて火刑にされそうになった時。
シルヴィはその聖女としての特別な力を限界以上まで引き出して、私を助けてくれた。
「カミーユ様が死んだら、私も生きていけません。だから死なないでください。」
「シルヴィ…。」
小説通りであるのなら、私はあと一年半後に火刑になって死ぬ予定だった。
一度火刑は免れているので、もしかしたらそうはならないかもしれない。
けれど、死はどんな形で私に襲いかかってくるかは分からなかった。
「私も死にたいとは思わないわ。でも、決して死なないとは約束できない…。」
「嫌です!!」
私の返事に、シルヴィは叫んだ。目には大粒の涙が浮かんでいた。
「カミーユ様が死ぬなんて嫌です!カミーユ様だけなんです、田舎から出てきたばかりの私を認めて、優しくしてくださったのは。綺麗なカミーユ様からお手紙をいただけて、認めていただけて、だから私頑張って来られたんです、だからっ……!」
シルヴィはそのままボロボロと泣き崩れた。大粒の涙が、温泉の中に溶ける。
「シルヴィ…、ごめんなさい、私…。」
シルヴィの気持ちを思いやることができないでいた。
私は、どれほどの思い違いをして生きてきたのだろう。
泣いているシルヴィを抱き締めながら、私は今さらながらようやく、自分の間違いに気が付き始めていた。




