59、プリエに帰還しました。
二週間の自主隔離期間を過ぎても、救援隊参加者に体調不良者は出なかった。
これは、快挙であると誇って良かった。
コレラは感染力も強く致死率も高く、非常に恐ろしい病気であるけれど、正しく徹底的な防御をすれば、きちんと防げるのだという証明だった。
今回リ・コーズ王国への救援を通して学んだことは、やはり感染防止を徹底させるためには、個々の意識と政治による感染対策が重要だということだった。
リ・コーズ王国の政治に介入できない客人の立場では、できることがあまりにも少な過ぎた。
更に言えば、すでに手遅れなほどに感染が蔓延した状態で、今からインフラの整備に言及したところで、今さら感が強い。
ただ、今回のコレラに関しては、感染経路は空気感染ではなく、主に汚染された水を媒介にした経口感染が主流なため、コレラ感染者が飲んだ水を特定し、他の人が飲むのを禁じれば、感染拡大はある程度抑えられるはずだった。
そんなことを考えていた時、どうしても私に会いたいという、青年が訪ねてきた。
「どうしたのですか?」
青年は、部屋に入ってきた瞬間に床に這いつくばって頭を下げた。
「本当に、申し訳ありません!そしてありがとうございましたっ!」
「な、何なんですか急に!?」
突然のことに、私は戸惑った。
「申し訳ありません…、以前命令を受けて、あなた様の命を狙った不届き者は、俺です。どうか処刑してください。けれど、こんな私の、リ・コーズに置いてきた妻と、まだ幼い娘を、あなた様が助けてくれたと聞きました。私は、どうしても死ぬ前にそのお礼をお伝えしたかったのです…。」
「まあ…。」
以前セイネ川のほとりで、リ・コーズ製の矢を射かけられ、命を狙われたことは、私も忘れてはいなかった。
けれどその暗殺者が向こうから名乗り出てくることがあるなんて、思ってもみなかった。
「あなたの家族は、コレラにかかっていたんですか?」
「はい、国からの手紙で、妻も娘も流行り病にかかり、死んでもおかしくないところを、救援隊の皆様に命を救われたと聞きました…。」
「そうでしたか…。」
正直、沢山助けたリ・コーズ人のうち誰が、目の前の青年の家族かなんて分からなかった。
けれど、助けることのできた人の家族が、こうして喜んでくれているのを見るのは、何より私の心を癒してくれた。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。私はどんな処罰も受けます。ですが、家族を助けてくださり、本当に何とお礼を言って良いか…。」
「分かりました。ではあなたは私の命を狙った償いに、仕事を一つ頼まれてください。」
「はい、何でもいたします!」
「では、私がこれから書く手紙を、リ・コーズ国王に届けてください。そして国に帰ったら、これから私が言う病気の防止法を、リ・コーズの皆も実践するように働きかけてください。」
「そんな、そんなことで良いのですか…?」
「そんなことではありません。命懸けの仕事です。でも、死んではなりません。幼い娘と、奥さんが遺されてはいけません。」
「ああ…、ありがとうございますっ…!」
私はリ・コーズ国王に、有効な防止策と、発症した人への対処法を詳しく手紙に書くと、青年に託した。
リ・コーズ国王が、どの程度こちらを信用して実行してくれるかまでは分からないけれど、青年の働きかけで、民間に一人でも対策を実践してくれる人が増えれば、きっと変わるのではないかと思った。
これがコレラ収束に向かうきっかけになってくれるよう、祈るばかりだった。
リ・コーズ王国での、あまりの現実を前に打ちのめされていたけれど、私のしたことは、確かに実を結んでいたのだった。
それを、あの青年が教えてくれた。
私はまた、前を向いてやれることをやって行って良いのだと、頑張る力が湧いてきた。
フランセイズを疫病から守るためには、まだまだやらなくてはいけないことは沢山あった。
まず、リ・コーズ王国との交流の最前線である、ここカレーズの港では、まだまだ対策が必要だった。
疫病の発生を受けて、まずは一般での往来を完全に禁じていたけれど、両国に取り残されている人がいた。
リ・コーズ王国に仕事で渡っているフランセイズ国民、彼らの引き上げを許すには、きちんとした検疫が必要だった。
コレラは感染力の強い疫病だ。今はまだフランセイズでの拡散は抑えられているとはいえ、隣国のリ・コーズは酷い有り様だし、それ以外の周辺国でもすでに広まっている可能性も高い。
落ち込んでいる暇はなかった。
やらなければならないことは沢山ある。
フランセイズ王国と国境が隣接している国は、全部で四か国、更に交流が深く、近しい国は加えて二か国、合わせて六か国の現在の状況を詳しく知らなければならない。
この六か国でもコレラがすでに蔓延しているとすれば、早急に対応しなくてはならない。
けれど、少数の救援隊を送ったところで、そこまでの効果は上げられないことは、リ・コーズ王国で実証済みだ。
結局その国を救うのは、その国の政治であり、他国の人員ができることは少ない。
であれば、私達が他国に対してできるのは、救援物資の送付と、知識の共有だった。
リ・コーズ王国にしたように、各国の国王に、コレラに対する知識と対処法を書いた書簡を送る。
その書簡を元に、各王室が適切な対処をしてくれたなら、各国のコレラ感染拡大も収束に向かうはずだった。
ここで問題は、その書簡を誰の名義で送るかというところだった。
もしも、カミーユ・オルレアン令嬢の名義で送り付けたりなどしたら、一介の公爵令嬢が各国王になど、明らかな越権行為である。
ここは、フランセイズ国王か、無理でもせめてシャルマーニュ王太子の名前を借りたいところである。
どうしよう。
迷いはあるけれど、私は結局シャルマーニュ王太子に相談に行った。
「うん、いいんじゃないか?あなたは将来私の妃になるわけだし、私の名義で各国に書簡を送るよう、早速手配しよう。」
シャルマーニュ王太子は二つ返事で承諾してくれた。
男前である。
けれど問題がある。
「あ、あの…、私、その…。」
言えない、とても言えなかった。
私、まだ王太子妃になると決めていませんなんて、とても言える雰囲気ではなかった。
「ん?何?」
決めていないのに、こうしてなし崩しに王太子に甘えるのは良くない気がする。
「いえ、なんでもありません…、よろしくお願いいたします…。」
けれど私はお願いしてしまった。私はずるい。
正直、王太子妃になりたくないわけではないのだ。ただ、ならない方が良いと思っていただけで。
もっとゆっくりと考えたい。
けれど疫病対策は待ってはくれない。
自分の気持ちは決めかねていたけれど、そんな中でも惜しみなく力を貸してくれる王太子の存在は、本当にありがたかった。
各国に無事に書簡を送り、私達救援隊は、隔離期間も終えて、皆無事に王都プリエへと帰還した。
久しぶりのプリエには、疫病の影もなく、美しく優しく私達を迎えてくれた。
何より嬉しかったのは、クルニー浴場跡に作っていた公衆浴場が、私がリ・コーズ王国に行っている間に、無事に出来上がっていたことだった。
出来たのであれば、遠慮なく入りたい。
私は今回救援隊に参加してくれた皆への労いも込めて、全員でクルニー浴場跡に作った公衆浴場で疲れを癒すことにしたのだった。




