56、私は無力でした。
何もかもが足りなかった。
増え続ける感染者を前に、死に続けていく人達を前に。
水も、人手も、病床も。
回復した人達の血清から、抗体を取れないだろうかと考えていた。
それどころではなかった。
たくさんの人達が死んでいく中、ただ目の前で苦しんでいる人を助けるだけで、手いっぱいだった。
それすら叶わない時もあった。
地獄だ。
疫病の蔓延とは、死神が振るう大鎌に、たくさんの人が殺されていくのを、ただ見ているしかできない地獄だった。
そんな中、リ・コーズ王国の王室から呼び出しが来た。
ついに王族に感染者が出たのだ。
感染したのは、まだ若い王女だった。
皆が止めるのも聞かず、疫病の視察に街に出たのだ。
そして感染した。
あと1日早く私達を呼んでくれたら良かったのに。
すでに激しい症状の出ている王女を見て、私はそう思った。
けれど王女の志は立派だった。必ず助けなければいけない人だと思った。
私は輸液と、私の血清も使い、王女を治療した。
部屋に付きっきりになり、どうか死なないように祈り続けた。
そして三日目の朝、念願叶って、王女は回復したように見えた。
ようやく容態が落ち着いたことに安心した時、セント・メアリー修道院のデイジー修道女がコレラを発症したという話を聞いたのだ。
お世話になっている修道院にコレラを持ち込んでしまったのは、私達かもしれない、という自責。
何より優しいデイジー修道女を助けたくて、私は慌てて修道院に戻った。
彼女のことを助けたくて、あらゆる治療を行った。
そして必死に看病をして、なんとかデイジー修道女の容態は回復に向かった。
これで安心かと思った時、私達のところに飛び込んできたのは、一時は回復したかと思った王女の、容態の急変だった。
慌てて再び王女の元に戻ってみたものの、その甲斐なく、王女の心臓は動きを止めてしまった。
リ・コーズ王室の悲しみは深かった。
特に王女を可愛がっていた、エゼルバルド国王の怒りは凄まじく、私が王女を殺したのだと、責め立てた。
私は返す言葉もなかった。
もっと上手にやれば、もっときちんと見ていれば、きっと救えた命だった。
確かに、私が王女を殺したのかもしれないと思った。
魔女だ!あの女が疫病を持ち込んで、私の王女を殺したんだ!火刑にしろ!!
エゼルバルド国王の口からその言葉を聞いた時、私は何かがストンと腑に落ちる感覚がした。
そうか、私はここでこうして火刑になるのかと。
きっとどんな風に行動を変えてみたところで、きっと私が火刑になる結末は変わることがないのだ。
だとしたら、もう運命に抗うことなく従おうと、私は考えていた。
私は無力感に打ちのめされ、もはや生きる気力もなくなっていた。
それに異を唱えたのは、シャルマーニュ王太子と聖女シルヴィだった。
王女を失った悲しみは、察するに余りあるが、だからと言って我が婚約者を魔女呼ばわりするのはお門違いだ、と。
そしてシルヴィは、すでに心音の消えた王女に、必死で浄化と回復の魔法をかけ続けた。
心臓は止まってしまったけれど、きっとまだ、魂は身体から離れてはいない、と。
どうか、生き返って欲しい。そうしなければ、カミーユが殺されてしまう。
その思いが、奇跡を生んだ。
死んだかに思われた王女が、ついに息を吹き返えしたのだった。
私は火刑を免れた。
けれど、シルヴィは全ての力を使い果たし、休息が必要な状態だった。
救援隊の皆も、もはや限界だった。
私達は救援活動を一旦中止し、まずはシルヴィの回復を待って、フランセイズに戻ることにした。
持ってきた荷物は、必要な分以外は全て配布し、必要な分の食料だけを船に積み込み、私達はロンドルを後にした。
カレーズの港に接岸はせず、そのまま海上で一週間様子を見て、感染者がいないかを確認する。
カレーズ港に接岸してからも、更に一週間、参加者の誰にも発病者が出ていないことを確認した。
今回奇跡的に、救援隊参加者の中でコレラに感染し、発病した者は出なかった。
出発前に打った、血清注射が効果を発揮したのであれば、それはものすごい収穫であると考えても良かった。
確かに、救援隊の活動のおかげで助かった命はあった。
けれどそれ以上に、沢山の命が目の前で散って行った。
できたこともあったけれど、できないことはそれ以上に多かった。
前世の記憶がある、たったそれだけのアドバンテージなど、勢い付いた疫病の猛威の前では、焼け石に水程度の効果しかなかったのだ。
船内と港で自主隔離を行っていた二週間の間、私はコレラの蔓延に対して認識が甘かったことを、深く反省していたのだった。




