54、カレーズ港から出港しました。
「オルレアン公爵令嬢!初めてお目にかかります!フィリップ・ペタン・カレーズです!」
小太りで鋭い目をしたカレーズ伯爵は、カミーユを見ると自分から親しげに話しかけてきた。
「お会いできて光栄です!お手紙拝読しました。いやあまったく素晴らしい!今までにないアイデアをありがとうございます!」
カレーズ伯爵は、私の手を握ると、上下に豪快に振った。
「初めまして、カレーズ伯爵、カミーユ・オルレアンです。あのような拙い手紙に、早速目を通していただけたなんて、こちらこそ光栄の至りにございます。」
「いやいやご謙遜、あなたのアイデアは、必ずや巨万の富となり、この国を豊かにするでしょう!できればあなたをお引き留めして、今すぐ共同開発したいくらいです!」
「「カニかま!」」
私とカレーズ伯爵の声は、そこで重なった。
ニヤリと笑う、カレーズ伯爵と私の視線も合わさる。
お互いに確信していた。『カニかま』は、当たる、と。
カレーズ伯爵は、かなりのやり手だと分かった。
全国的に不況な中、ちょうど良い程度に栄えているカレーズの港を見ても、それが分かる。
「すぐにリ・コーズに行かれてしまうのは残念ですが、いただいたレシピを元に、こちらでもできる限りまず作ってみようと思います。」
「ありがとうございます、リ・コーズから帰りましたら、カレーズ特産のカニかまを食べさせていただけるのを楽しみにしていますわ。」
カレーズ伯爵に頼んでおけば、きっとうまくいく。私はそう信じることができた。
「私も、オルレアン令嬢が帰って来られるのを楽しみにしております。こんなに有意義な話ができそうな方だったとは、もっと前にお会いしておきたかったですな。」
「光栄ですわ。私も、もっと早くにお近づきになれていれば良かったと、心より思います。」
こんなに仕事に意欲的な伯爵がいるなんて、私としても、もっと早くに一緒に商売の話ができていれば良かったと思う。
この国には、まだ私が出会っていない素晴らしい人がたくさんいるのだ、と、私は改めて感じた。
もっとたくさんの人達と会って、話して、一緒に仕事ができればと思う。
けれど、時間は限られていた。その限られた時間の中で、最も大切なものが何であるのか、よく考えなくてはならない。
カレーズ伯爵が私達救援隊のために用意してくれた船は、木造でしっかりとした造りの、素晴らしいものだった。
「カレーズ伯爵、本当に素晴らしい船をご用意くださり、心より感謝いたします。」
「いえいえ、志高い皆様のお役に立てるなど、これ以上名誉なことはありません、ましてやオルレアン公爵令嬢のような素晴らしい方を乗せることができるのですから。」
「そのような…。」
褒められ過ぎて、私は若干気恥ずかしくなったけれど、そこでカレーズ伯爵の表情は真剣なものになった。
「けれど、現在リ・コーズ王国で流行している病は、発症すれば三日で死ぬ、大変恐ろしいものと聞いています。どうかくれぐれもご無理はされず、また元気にお会いできるように祈っております。」
心からの心配の言葉は、とても嬉しいものだった。
「ありがとうございます。参加者はじめ、私も命を落とすことのないよう、重々気を付けたいと思います。」
「そして、すでに行っているかとは思いますが、どうか疫病が収まるまでは、リ・コーズ王国との交流は控え、どうしても必要な者のみ、必ず検疫をして、一週間海洋上にて逗留させ、安全が確認された者だけに上陸を許してください。水際での港での対応が、今後も非常に大切になります。」
「肝に命じましょう。」
私はカレーズ伯爵と固い握手とハグを交わすと、用意された船に乗り込んだ。
船が岸を離れると、カレーズの港の市民達も手を振ってくれて、私達は心を込めた送り出しをして貰うことができた。
カレーズの港から、ロンドルの都市までは、船で約7時間ほどの距離である。
この世界に生まれて、初めて乗る船は、とても心踊るものだった。
青い空、青い海、白い雲、波、海鳥達。潮の香り、波の音、鳥の声、潮の香り、全てが広く清々しい。
どこまでも広がる海を見ていると、世間で広がっている疫病など、遠い世界の出来事のように錯覚した。
まるでこのまま船に乗って、どこか遠い国まで冒険に行けるような胸のときめき。
いっそこのまま、世界中を旅できたなら、どれだけ楽しいだろうかと思う。
けれどもその錯覚と、楽しい気持ちは、ティムズ川の河口に船が近付いた時に霧散した。
ティムズ川の河口は汚染されていた。
河口に近づいただけで感じる悪臭。
リ・コーズ王国でコレラが流行した理由は、インディカ王国との貿易のせいだけではない、この川の汚染が、病が広がった原因なのだ、と。
私は暗澹たる気持ちで、その汚れた川の水面を眺めたのだった。




