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52、夜の海を見てました。


「夜風は体に障るだろう、そろそろ戻ってはどうだ?」


 夜の海を見ながら話していた私に、シャルマーニュ王太子は後ろからショールを掛けてくれた。


「ありがとうございます。」


 横を見ると、シルヴィも護衛のゲクラン卿にショールを渡して貰っていた。


「聖女は本当にカミーユのことが好きなのだな。」


「はい、大好きです!何回好きとお伝えしても足りないくらい、愛しています!」


 素直なシルヴィの言葉に、シャルマーニュ王太子が苦笑する。


 そういえば、シルヴィとシャルマーニュ王太子の間はどうなっているんだろう、と、私は今さらながら疑問に思った。


 小説『アンフィニ・アフェクシオン』の中では、二人の仲はかなり進行している段階だった。


 けれど、今の二人の間を見ていると、恋愛感情的な雰囲気はまるで感じなかった。


 カミーユの行動自体が、小説のカミーユとは大きく変わってしまっているので、段々小説との比較が難しくなってきているけれど、もしかしたらこの後何らかの強制力が働いて、小説の筋書きに近付く可能性もある。


「シルヴィは、シャルマーニュ王太子殿下がお好きですか?」


 私は悩むのが嫌いなので、とりあえずこの機会に、直球で聞いてみることにした。


「はい、素敵な方かと思います。」


 シルヴィは、まったくてらいもなく答えた。あまりにあっさり過ぎて、逆に恋愛感情がまったくないのが良く伝わってきた。


「でも、カミーユ様は本当に素晴らしい方ですので、将来カミーユ様と結婚されるのであれば、シャルマーニュ王太子殿下には、もっと頑張っていただきたいところがたくさんございます。」


「え?いやいや…、え?」


 シルヴィが何を基準にそう言っているのか分からず、私はなんとも言えずに戸惑った。


「そうか、私ではまだ力不足か。」


 シルヴィの失礼な物言いに、シャルマーニュ王太子は朗らかに笑ってくれた。


 そんなことを言われても許してくれる、王太子の器の大きさには、ひとまず感謝である。


「とんでもありません、むしろ私が、王太子殿下の妃になるには力不足でございます。」


「いや、今この国に、あなた以上にこの国を背負う人として、ふさわしい女性はいないだろう。」


 シャルマーニュ王太子にそう言い切られて、私は胸が熱くなった。


 何が正解かも分からないまま、ただ国民を救いたいとがむしゃらに頑張ってきたけれど、こうして認めて貰えるのは、本当に嬉しいことだった。


 小説の中では、王太子がカミーユにこんな優しい、妃と認めるような言葉をかけていた場面はなかった。


「勿体ないお言葉です。」

 

 お礼を言ってから、私はシャルマーニュ王太子のことをどう思っているのだろうか、と、ふと気になった。


 小説の中では、王太子はまったくカミーユに愛情はなく、心からシルヴィを愛していた。

 カミーユはそんな王太子を愛し、シルヴィさえいなくなれば、自分が愛して貰えると信じて、シルヴィに嫌がらせを繰り返していた。


 その小説を読んでいたので、私はこの世界で王太子に愛されるのは最初から諦めていたのだ。


 そもそも、王太子妃となるための教育を受けていたから、ずっと王太子の妃になろうと思っていただけで、王太子自身を愛していたわけではない。


 それに、死ぬと分かってしまったのなら、もう王太子なんて、私の知らないところで好きな人と結婚して、幸せになってくれれば良いと思っていた。



 なので、まるで王太子自身が私を妃に望んでいるかのような最近の言動を見ると、正直どうして良いか分からなくなるのだ。


 王太子との婚約予定は、なかったことにしてくださいと何度もお願いして、そのたびに断られている。


 断られる度に、どこかほっとしている自分がいる。


 もしかして、私が王太子を愛していないと思っていたのは、酸っぱいブドウだったのかと。


 手の届かないブドウを見て、きっとあのブドウは酸っぱいに違いないと自分に言い聞かせて、諦めるキツネの話。


 叶わぬ恋を前に、最初から愛してなんかいなかったと自分を騙して、諦めようとしていただけではないのかと。


 ではもしも、そのブドウに手が届きそうになったのなら、そのブドウから、とても甘い匂いがしたのなら、私は引き返して、そのブドウを取ろうと手を伸ばすのだろうか?


 二年後に死んでしまうかもしれないのに。

 残された王太子が幸せになれるかも分からないのに。


 考えると、だんだんと頭が痛くなってきそうだった。


 別に好きだ何だと直接言われたわけではない。

 ただ、なんとなく仄めかされて、舞い上がっただけだった。


 そして、今考えなくてはならないのは、王太子との関係ではなく、リ・コーズ王国で、いかに救援活動を行うかだった。


 私は頭を振って雑念を追い払うと、夕飯の席に着くために、皆と一緒にカリーズの宿場へと戻ったのだった。



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