46、注射器を作りました。
「私はこの、中が空洞になっている針を、注射針と命名したいと思います。」
「注射針。」
私は次に、注射針をガラスと金属でできた注射器に付けたものを取り出した。
「そしてこれが、薬剤を少量体内に入れることのできる器具、注射器です。」
「何と!?」
「注射器!?」
「直接体内に!?」
私は注射器を実際に動かしながら説明した。
「この筒の中に薬液を入れ、この押子を押すことで、中空の針を通って、薬液が体内に押し込まれる仕掛けです。」
私が実際に注射器の押子を押すと、針の先から、入れていた塩水が押し出された。
「おお……!」
この世界にまだ無かった、注射器という画期的な医療器具に、医師達は目を丸くしていた。
ガラス職人や飾り細工職人に、絵や言葉で頑張って伝えて、特別に作って貰ったのだけど、さすがにプリエの職人達は素晴らしく、非の打ち所のない素晴らしい注射器ができあがっていた。
「これは…!」
「素晴らしいっ…!体内に直接薬液を入れられるなど、これからの医療が画期的に変わることでしょう!」
実際に注射器を手に取りながら、医師達はそれぞれ目を輝かせながら、注射器を実際に動かしては歓声を上げていた。
「この、輸液器や注射器で、例えばペニシリンを薄めた薬液を作り、患者に投与すれば、梅毒や破傷風の治療にも、大いに役立つことと思います。」
「なるほど、ペニシリンを…。」
先日私が、無事に精製に成功していたペニシリンは、その後、様々な病気、特に肺炎や梅毒、破傷風、咽頭炎などに効く薬として、フランセイズの医者には情報共有と薬剤の配布を行っていた。
ただ、ペニシリンは万能薬ではなく、乱用することにより、ペニシリンが効かなくなる菌、耐性菌が生まれることも話し、何でもかんでもペニシリンを使うようなことは避けて欲しい、とも伝えてある。
そんなペニシリンだけど、注射や点滴があれば、更に効果の高い治療が行えるはずだった。
それはそうと、今回のコレラも、菌でありながら、ペニシリンは効かない厄介な相手である。
今回私がコレラの治療に合わせて注射器の用意を急がせたのは、ある仮定があったからだ。
「今回私は、この注射器を使って、救援隊になっていただいた皆様に、血清療法の実験体にもなっていただきたいと考えております。」
「血清治療…ですか?」
私の聞き慣れないであろう言葉に、ショリアック外科医が聞き返した。
「私は、コレラにかかり、そして治りました。このような人間の血液には、コレラ菌に対応した抗体が作られていると予想されます。」
「抗体…?」
次々と出てくる、初めて聞くであろう言葉に、医師達は興味津々だった。
「私達の身体には、元々病原菌を殺し、健康を保つための免疫機能があります。」
「免疫機能…?」
「つまり、外から入ってきた菌やウイルス…、身体に有害となる外敵を、殺し、排除し、それにより回復する機能です。」
「ほう。」
「免疫とは、血液中にある、白血球、マクロファージ、リンパにあるT細胞と呼ばれる細胞が行っています。」
「細胞…?」
「ちょっと、もはや何を言っているか分からないな…。」
この世界ではまだ知られていない知識の羅列に、プリエで一番の医師達も、だんだん頭がいっぱいになってきたようだった。
「この、免疫細胞は、外敵が侵入した時に、その外敵に合わせた外敵を狙って排除する物質である、抗体を作り出します。」
「ふむ。よく分からないが、一度かかった病気に、二度目にはかかりにくくなるのは、そういう理由があるのだな。」
プーヴァル内科医は、よく分からないと言いながらも、私の説明から言いたいことを的確に理解してくれていた。
「その通りです。そしてその抗体は、血液内の、赤血球や白血球、血小板を除いた、固まらない部分…、血清に含まれています。」
「赤血球…?」
「血液の成分です。」
デュリー医師の質問に、私は後でゆっくりと話そうと、今は端的に答えた。
「そして、この特定の病原菌に対する抗体を含んだ血清を、まだその病気にかかっていない人に投与すると、その人も、その病気にかかりにくくなる、という考え方、これが血清療法です。」
「なるほど、つまりコレラが治った人の血清を、他の人に投与すると、コレラの感染を抑えられる、ということですね。」
「その通りです。」
「なるほど。しかし、血液をそのように使用して、危険はないでしょうか?」
プーヴァル内科医は、やや眉を寄せてそう言った。
「危険は、あります。」
正直、血清療法に関しては、かなりの不安も私は持っていた。
そういう治療があることは知っていたけれど、前世でも、別に皆が気軽にしていた方法ではない。
よく行っていた、予防接種やワクチンと、考え方としては近いけれど、完全に同じではないし、そもそも前世では、年単位で行っていたであろう、臨床試験などもまるでできていない状態だ。
「それでも私は、試してみる価値はある、と、思っています。」
今回救援隊に参加してくれる人達の罹患率を少しでも下げるために。
それが、今回私が考えている、皆を守るための作戦だった。




