45、点滴を作りました。
「こら、ジャン少年、公爵家のご令嬢に、ねーちゃんなどと、失礼ですよ。」
ぎゅうぎゅうと抱きついているジャンを剥がして、デュリー医師が嗜める。
「いえ、いいですわ。でもできたら、お姉さん、と言っていただけたら嬉しいですわ。」
「お姉ちゃん。」
「まあ、よろしくてよ。」
天真爛漫なジャンの元気な様子を見ると、私も嬉しくなった。
「お母さまはお元気になられて?」
「うん!ねーちゃ…、お姉ちゃんのおかげで、すっかり元気になったよ!本当にありがとう!」
「それなら良かったわ。」
初めて目の前で、病気で苦しんでいた人を助けることができたのだと思うと、感慨深かった。
「ねえ、それより俺も救援隊に参加させてよ!お姉ちゃんに助けて貰ったから、とにかくお姉ちゃんの役に立ちたいんだよ!」
「気持ちは嬉しいわ。でも、今のリ・コーズ王国はとても危険なの。とてもあなたを守りながら行くことはできないわ。」
「違うよ、俺が守られるんじゃなくて、俺がお姉ちゃんを守るんだよ!」
小さな騎士の登場に、私は微笑ましく思いながらも、さすがに救援隊には参加させられないので、少し考え込んだ。
「ジャンは、私の役に立ちたいの?」
「うん!お姉ちゃんのためなら、何でもするよ!」
「何でも、ね…?」
私の中には、一つ実験したいことがあった。
その実験は、ジャンに協力してもらうには、やや子供には荷が重い内容だとは分かっていた。
でも、せっかく来てくれたので、少しだけ協力して貰うことにしよう。
そう決めると、私はジャンも連れて、他の医師達も待っている部屋に入ったのだった。
「ギィ・ド・ショリアック外科医、ミシェル・プーヴァル内科医、そして、レオン・デュリー医師、このたびの救援隊へのご参加、誠にありがとうございます。」
私は、すでに到着していた二人の医師に頭を下げた。
「こちらこそ。山のような患者を治療できるのだと思うと、楽しみだよ。」
ショリアック外科医は、筋肉の付いた身体で豪快に笑った。
「あなたの画期的な治療法には、大変驚きました。是非今後に役立たせていただければと思います。」
プーヴァル内科医は、線の細いイメージだけれど、その瞳は医学界の革新を狙う、野心に溢れたものだった。
「皆様のような気鋭のお医者様に来ていただけるとは、この上なく心強いことです。」
私は、こんなにも素晴らしい医師が来てくれたことを、本当にありがたいと思っていた。
この三人であれば、私の持つ拙い医学の知識を話しても、きっと良い形で実現してくれると感じていた。
「書簡でも話した通り、現在リ・コーズ王国を脅かしている、コレラの治療には、現時点では、大量に失われる水分を補うため、経口補水液…、浄水に、水と砂糖とカリウムを混ぜたものを補給させるのが一番です。」
「うむ。」
「感染は、コレラ菌を含んだ嘔吐、下痢、水、食品を経口摂取することで起こります。皆様には、くれぐれも口に飛沫を入れないようご注意ください。」
「なるほど。」
私の説明は、すでに書簡で一度伝えたものを、改めて話しているだけだった。
ちなみに、現在フランセイズにいる医者達には、同様の手紙を皆に送っている。
もしも近くでコレラが発生しても、この手紙を読んでいれば、慌てずに対処できるはずだった。
「ですが、正直、症状の進行したコレラ患者は、すでに口から補水液を摂取できない状態になっています。」
「…………。」
私の言葉に、三人の医師は黙った。
今回ジャンとその母親は、口からの補水液摂取で無事に回復させることができたけれど、実際にコレラにかかった私は、まるで何も飲むことが出来ず、三途の川を渡りかけていた。
「そこで、今回使うのが、これです。」
私は一本の針を取り出した。
今回の経験から、街一番の腕利きの飾り細工職人にお願いした特注品である。
「針…、ですか?」
「ただの針ではありません、なんと、中が空洞になっています。」
「おお……っ!」
「何だこれはっ…!?」
「極細の筒になっているのか!?」
この世界の人達には初めて見る、注射針の存在に、三人の医師は目の色を変えた。
「この針の先に、浄化した管と補水液の袋を付けてます。そして針を腕の静脈に刺し、補水液を直接体内に送り込むのです!」
いわゆる、点滴である。
今回自分がコレラにかかってみて、心底思った。
こんな体調で、口からいっぱい水を飲むとか、本当に無理だ、と。
点滴さえあれば、どんなに楽になっただろうか、と。
「何!?」
「そんなことをして大丈夫なのか!?」
「大丈夫です。無論、補水液の内容物や、器具の浄化、注射する部分の消毒は必須です。異物混入や、別の細菌感染、および血液の逆流、注射後の止血にも注意を払わなくてはなりません。」
「それは、そうだ。」
「でも、この輸液を使えば、コレラ患者の致死率をぐんと下げることは、間違いありません。」
私はすでに用意をしていた、針と管と袋の、コレラ用輸液セットをかざすと、三人の医者に向かって、堂々と言い切ったのだった。




