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36、死なずに済みました。


 死んだ私の魂は、いったいどこに行くのだろうかと思う。


 天国だろうか?地獄だろうか?それとも、またどこかの異世界に行くのだろうか?


 悪役令嬢なら地獄行きかもしれないし、疫病対策を頑張った功績で、天国に行かせて貰えるかもしれない。

 異世界行きは、なんとなく、もう嫌だなと思っていた。


 叶わないと分かっている人と、もう婚約者になりたくはない。


 ふわふわした世界。

 温かな世界。

 もう、苦しくない世界。


 

 何も見えない、そんな世界に私はいるようだった。


 ふと、身体の内側から温かくなっていくような感覚がした。


 死んだ後にも、温かさを感じるなんて、と、不思議な気持ちになる。


 瞼の向こうに、何か明かりを感じるようだった。

 天からの光だろうか、と思う。


 そうであれば、私は無事に天国行きになれたのだろうかと思う。


 私は、恐る恐る瞳を開けた。


 眩しい世界が、そこにはあった。


 光に煌めく、黄金の髪、宝石のように輝く、美しい青い瞳。

 誰が見ても心奪われずにはいられないほど美しい天使が、私の目の前にはいた。

 

 天使は、シャルマーニュ王太子と瓜二つの顔立ちをしていた。


 やはりシャルマーニュ王太子の美しさは、天使様と同じくらいだったんだな、と、私はぼんやりする頭で考えていた。


 天使様はその美しい青色の瞳から、涙をポロポロと溢していた。


 どうして天使様が泣いているのだろうか、と、私は不思議な気持ちになった。


 天使様が泣いていると、まるでシャルマーニュ王太子に泣かれているようで、居心地が悪かった。


 死ぬ前には、涙の一粒でも流して貰えたら嬉しいと、そう思ったけれど、実際にシャルマーニュ王太子が泣いているように見えてしまうと、痛ましくて仕方なかった。


 どうか泣かないで欲しい、笑って欲しいと思ったけれど、声が出なかった。


「カミーユ!目が覚めたのか、カミーユ!!」


 天使様は、私が目を開いたのに気付いて、そう叫んだ。


 声までシャルマーニュ王太子と同じだった。


「…………。」


 何か話そうとしたけれど、唇が少し動いただけで、やはり声は出なかった。


「話したいのか?喉が乾いているのだな、カミーユ!」


 シャルマーニュ王太子にそっくりな天使様は、そう言うと、手元にあった清らかな水の入ったコップを、私の口にあてがってくれた。


 綺麗な水の匂いに、私の口は少し動いたけれど、水を飲むことはできなかった。


 天使様はそんな私を見て、自分の口に水を含むと、私にそのまま口付けてくれた。


 驚く間もなく、喉を通る清涼な水の潤い。


 渇き切っていた喉に、全身に、その清涼な水は、まさに命の水として滲み渡った。


 おかしい、と、私はその時になって、ようやく気が付いた。


 本物の天使であれば、間違っても死んだ魂に口移しで水を飲ませたりしないだろう、と、朦朧としていた私の頭でも判断できた。


 では、このシャルマーニュ王太子にそっくりな天使様は誰だろうかと思う。


 考えている間にも、シャルマーニュ王太子は二口目、三口目の水を私の口に、口移しで流し込んでくれた。


 そう、シャルマーニュ王太子にそっくりな天使なんて存在しない。


 今私に口移しで何度も水を飲ませてくれているのは、本物のシャルマーニュ王太子に他ならなかった。


 と言うことは、私は死なないで済んだのだろうか?


 そこまで考えて、私は気付いた。


 口移しなんかをしたら、シャルマーニュ王太子にコレラが移る。


 これはとんでもないことだった。


 私は慌ててシャルマーニュ王太子を押し退けようとしたけれど、腕に力が入らなかった。


 ふと視線を移すと、シャルマーニュ王太子の隣にシルヴィがいるのが見えた。


 シルヴィと、シャルマーニュ王太子が死にかけた私を助けてくれたのだ、と、その時ようやく理解した。


 けれど、問題は、シルヴィの前で、シャルマーニュ王太子が、何度も何度も私に口付けをしながら水を飲ませていることだった。


 これはいけない、シルヴィに誤解されてしまう、と思ったけれど、私達を見るシルヴィは、ただ私が目を覚ましたことを喜んでいるばかりで、やきもちを焼いている様子はまったくなかった。


 ようやく気が付いた違和感。


 私はもしかして、今の今まで、何かものすごい思い違いをしていたのではないかという、感覚。


 けれど、もし、と思う。


 もしも、私からのショコラを欲しがったシャルマーニュ王太子の気持ちが、その言葉通りのものだったら、と。


 シャルマーニュ王太子に抱き締められ、何度も口移しに水を与えられながら、私の頬には一気に血が昇った。


 心臓がバクバクと激しく鼓動を始める。


 もしかして、もしかしたら。


 私は、期待をしても良いのだろうか?


 もしも、この期待が勘違いであったのなら、


 この現実も、死ぬ前に見ている都合の良いただの夢であったのなら、


 どうか、この夢は覚めないで欲しい。


 そんな思いを最後に、私は再び意識を失い、穏やかな回復のための優しい眠りに落ちたのだった。




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