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34、コレラになりました。


 ジャンの母親が飲んだのは、最近リ・コーズ王国から来た水売りから買った水だった。


「その水売りを特定、確保して、こちらの離れに連れてくることはできる?あと、その水売りから水を買った人、全てを隔離して。」


私は自分も離れに行きながら、フレーズ卿を通じてそう指示を出した。


「それから、国王陛下と王太子殿下に、コレラが発生したことを、すぐに伝えて、この離れと発生した地域には決して近づかないようにお伝えして。」


「コレラ、ですか?」


「恐ろしい伝染病よ。コレラに感染した人の糞尿で汚染された水を飲むと、恐ろしい勢いで感染が広まるわ。国王陛下に伝えて、今すぐセイネ川の水を飲料にするのを、国民全員に禁止させて、それから…、」


「はい。」


「聖堂の皆に、今すぐできるだけ沢山の水を浄化して、プリエの皆に無料で配り、飲料用にしてください。今、感染を食い止めなくては大変なことになります。何十万、何百万人という人達が死ぬ地獄絵図になるでしょう。」


「そんなに…。」


「すでに発症した人は、必ず隔離し、大量の経口補水液を与えて、脱水症状を防いでください。経口補水液は、砂糖と塩と浄化した水で作り、できれば飲む前にリンゴ果汁を混ぜてください。リンゴはオルレアンの農家から沢山持ってきて、各家庭に一個ずつ、発症者が出たら、一人につき十個配ってください。」


「かしこまりました。」


 私の指示を、フレーズ卿は間違いなく皆に伝えて実行してくれるだろう。

 護衛という名目だったけれど、フレーズ卿はそれ以上に働いてくれていた。


「感染経路の特定を急いでください。感染者の糞尿がセイネ川に流されていないか。あと、糞尿を集めている人に感染が出ていないか、すぐに調べてください。」


 現時点で、感染がどの程度広がっているのか。早くそれを確認しなくてはならなかった。

 もしもかなり広がっているのなら、国の力を借りて、人々の動きを一旦止めなくてはいけないかもしれない。


 水売りがリ・コーズ王国から来たとして、もしかしたらコレラも同国から来た可能性もある。


 もしもすでにリ・コーズ王国でコレラの流行が始まっていたとしたら、急いで国交を封鎖し、同時にリ・コーズ王国にもコレラの治療法を伝える必要があった。


 そこまで考えたところで、私の身体に尋常ではない悪寒が走った。


 もうダメだ。私は完全に感染している。きっと発症は今夜か明日だ。


 体内で爆発的に増えるだろうコレラ菌の存在を感じて、私は自分を離れの一室に隔離することにした。


 私は部屋に閉じ込もり、凄まじい悪寒に耐えながら、今の内容を全て手紙にしたためた。


 そしてその手紙を厳重に消毒すると、王太子に届けてもらい、必ず家臣が代読し、手紙自体を決して王太子自身が触れないように、何度も釘を刺した。


 そして大量の経口補水液とバケツを部屋に用意すると、これから来るであろう、激しい嘔吐と下痢に備えたのだった。


 医者は、感染を恐れて、完全に防御をした一名だけ、近くに待機して貰うことにした。


 離れに隔離した、他の感染疑惑のある人達からは、幸いなことに、まだ発症の知らせはなかった。


 その人達も、私の部屋には絶対に近付かないように言い含める。


 

 そうして、全ての準備を整えた夜半に、最初の嘔吐はやってきた。


 そして次に来る、とても下痢とは思えないような、激しい下痢。

 米のとぎ汁のような液体と、独特の甘い匂いは恐怖の象徴だった。


 私は必死に、用意しておいた経口補水液を飲んだ。

 けれど、飲んだそばから、また吐き、下痢をして、それは想像を絶する苦しさだった。


 これは、死ぬかもしれない。


 その時初めて、私の脳裏に死という単語が浮かんだ。


 そして同時に思い出したのは、前世で自分が流行病で死んだ、あの時の瞬間だった。


 あの時も今と同じだった。


 身体の中に、得体の知れない何かが巣食い、命が身体から抜け落ちていく、あの感覚。


 苦しい場所は違ったけれど、死が近付いてくる感覚は同じだった。


 激しい目眩、気持ち悪さ、脱水。


 身体にまったく力が入らず、用意していた経口補水液も自力で飲むことができなかった。


 すでに大声を出すこともできず、待機してくれていた医者は寝ている時間だった。


 死ぬ。


 その言葉がどんどん現実味を帯びてくる。


 どうして私は、あと2年も猶予があるなどと思っていたのだろう。


 死とはこんなにも、私の隣にあるものなのに。



 死神の大鎌が、今まさに私の首にかけられようとしていた。


 

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