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33、コレラが発生しました。

 

 ずいぶんとボロボロの子がいるな、と、私はその少年を見て思った。


 その子は泣き晴らしたら目をしていて、こちらに気が付くと、何かを迷っているようだった。


 一瞬視線が険しくなり、けれど私の後ろにいるアラン・フレーズ卿に気が付くと、何かを諦めたようだった。


「どうか、助けてください…。」


 少年は、私に向かってそう言った。


「どうしたの?」


 近付いてはダメです、と制止しようとしているフレーズ卿の言葉を聞かず、私は少年に話しかけた。


「母ちゃんが…、母ちゃんが病気で死にそうなんです。でもうち、医者に見て貰える金もなくて…。」


「なるほど、分かったわ。お母さんのところに案内してちょうだい。」


「カミーユ様、いけません。」


「いいから、私は民を病気にしないために、毎日頑張っているのよ。」


 止めようとするフレーズ卿をたしなめて、私は少年に案内されるまま、汚いアパルトマンの一室へと足を踏み入れた。


 そして、少年の母親を見た瞬間に、驚愕した。


 少年の母親は、汚いベッドの中で、大量の吐瀉物と排泄物にまみれて息も絶え絶えの様子だったのだ。


「これはっ…!」


 米のとぎ汁のような、排泄物に、吹き出す吐瀉物。


 こんな激しい症状に、私は一つだけ心当たりがあった。


 コレラ。


 強い感染力と致死率で、世界的に何百万人もの人を殺した、恐ろしい伝染病だ。


「マスクを!」


 私は手持ちのマスクを3つ用意すると、まずはフレーズ卿と少年と、そして自分が装着した。


「水、砂糖、塩、手袋、バケツ、捨てて良い布、袋を用意してください。」


 まずは、目の前の女性を助ける。


 同時に、これ以上の感染の拡大を抑えなくてはいけない。


「少年、名前は?」


「俺は、ジャンだよ。」


「では、ジャン、この数日でお母さんと話した人、一緒にいた人を全て教えて。」


「えと、パン屋のおじさんと、アパルトマンの皆と、あと俺と、そのぐらいかな?」


「分かったわ。フレーズ卿、今ジャンの言った人達を全員オルレアン邸の離れに隔離して。あと、お母さんが飲んだと思われる水を特定して、他の人達の口には絶対入れないように。このアパルトマンは閉鎖して、私はこの人の治療に当たるわ。」


「なりません、危険です。」


「でも、一刻も早く治療しなくては、この人は死んでしまうわ。」


「指示してください。私が治療いたします。」


「フレーズ卿は、治療に当たるべき人ではありません。では、指示をしますから、急いで医者を呼んできてください。」


「かしこまりました。くれぐれも無理はしないでください。」


 私はフレーズ卿を使いに走らせると、まずは手近の水を浄化することから始めた。


 まずは汚物まみれになっているジャンの母親を、清潔にしてあげなくてはならない。


 コレラを治すための薬は、この世界にはない。

けれど、早期に処置をすれば、脱水の改善だけで治癒できると聞いたことがある。


 そのためには、綺麗な水に砂糖と塩を混ぜ、体液と近い濃度のスポーツドリンクのような飲み物を、ひたすら与えれば良かった。


 点滴などはないので、頑張って口から手作り経口補水液を飲んで貰い、下痢により菌が全て出るのを待つ。


 下痢にも嘔吐にも、コレラ菌がたっぷり入っているので、間違っても口に入らないように、厳重に密封して、焼却処分をする。


 各手順を、遅れて来た医者に全て説明すると、私は隣の部屋にジャンを避難させた。


 アパルトマンの住人は、全てフレーズ卿と、遅れて来た騎士達が隔離を手伝ってくれたので、私は皆に指示をして、アパルトマン全体の消毒をした。


 1日ほど、ジャンの母親にスポーツドリンクを飲ませて清潔にし、治療を続けて貰ったところ、無事に症状は徐々にに改善していった。


「良かったっ…!」


 あと半日処置が遅かったら、ジャンの母親は死んでいたかもしれない。

 そう思うと、早期に発見できたのは、本当にラッキーだった。


「ジャン、お母さん助かりそうよ、良かったわ。」


 私は母親を心配して、隣で震えていたジャンに、そう伝えた。


「良かった、助かる?本当に助かるの?ありがとうお姉さん、ありがとう!」


 母親が助かると聞いて、ジャンは大喜びで私の顔を見た。


 そのジャンの顔は、真っ青だった。


 激しい震え。


 それは不安から来ていると思っていた私は、警戒が足りなかったのだ。


 ジャンの口から、嘔吐が噴水のよう吹き出した。


 間に合わなかった。


 私は顔に、見事にジャンの嘔吐を被ってしまった。


 これはヤバい。


 そう感じたのと同時に、私はジャンを抱き止めた。


 子供は体が小さい。脱水を放っておいたら、簡単に死ぬだろう。


「患者が増えました。ジャンも治療を!」


 私は慌てて医者を呼ぶと、隣のベッドでジャンの治療も開始して貰うことにした。


 不幸中の幸いは、ちょうど医者がその場にいたことだった。


 けれど私も、感染したかもしれない。


 私は汚れた服を変え、体を綺麗に拭いた後、自宅に戻らずに、感染の危険のある人を隔離した、オルレアン邸の離れに、自分も行くことにしたのだった。


 


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