28、スイーツが食べたくなりました。
アンギアン・レヴァンの保養所には、ちょうど銭湯くらいの広さの石作りの湯船があり、その中には人肌に温められた硫黄泉で満たされていた。
「ああ、お風呂だわっ…!」
私はシルヴィと一緒に、久しぶりの…、この世界では初めての温泉に足を入れた。
「カミーユ様は、このお湯溜まりに入られたことがあるのですか…?」
生まれて初めて温泉を見るシルヴィは、硫黄泉の独特の匂いに及び腰になっている。
「少し匂うけど、大丈夫ですわよ。肩こり腰痛切り傷擦り傷にも、美肌にも効果がある、魔法のお湯ですから。」
「では、薬湯に浸かるようなものなのですね。」
「薬湯!それね!」
硫黄泉は、初めての人には難易度の高い臭いをしている。
公衆浴場を作るなら、硫黄泉だけではなく、良い匂いのするハーブ風呂も作れば、初めての人でも入りやすいと思った。
「ありがとうシルヴィ、おかげでアイデアが湧いてきましたわ。」
私はシルヴィと一緒に硫黄泉に肩まで浸かると、ゆっくりと身体を伸ばした。
「あ、なんだか身体が軽いです。」
「でしょう?」
シルヴィは初めての、お湯に身体が浮く感覚を楽しんでいた。
一度入ってしまえば、臭いはあまり気にならなくなった。
「ねえ、今建設を予定している公衆浴場のことなんだけど、シルヴィはどう思われて?」
「そうですね、行けたらぜひ行ってみたいです。」
「ありがとう、ねえ、庶民の皆様は来てくださると思う?」
私の質問に、シルヴィは返事をためらった。
「それは……。」
「それは?」
「正直難しいと思います…。」
「そうよね…。」
シルヴィの返事に、私は頷いた。
庶民の皆は、とにかく今の暮らしにいっぱいいっぱいだった。
例え、お風呂が健康に良いなどと言われても、行く余裕もないし、有料であったりしたら、まず絶対行かないだろう。
かと言って、無料で開放するには建設費も維持費もかかり過ぎるので、やっていけない。
「庶民の生活を、もっと潤沢にしてあげなくては、皆、お風呂に入ってる余裕もないわよね…。」
フランセイズ王国の国民は、今多くの庶民が、貧困に喘いでいた。
庶民の生活を圧迫しているのは、貴族から課せられている、重い税金である。
フランセイズ王国は、度重なるリ・コーズ王国との戦争のため、国庫自体がすでに疲弊していたのだ。
その上貴族達は、領民達の生活にも目を向けずに、自分達ばかりが贅沢をするために、重税を課し、その金を湯水のように使うのを当たり前だと思っていた。
更には近年小麦の不作が続いており、庶民の生活はもはや限界に達していた。
街が不潔な理由には、貧しさという要因も大いにある。
その部分の改善なしに、いくら清掃員を増やしても、ネズミの駆除をしても、根本的な解決には至らない。
街を清潔にするためには、人々の生活水準を上げなくてはならないのだ。
「減税…、は、難しいだろうし…。」
正直、まずは最初に減税からして欲しいけれど、他の貴族達からの強い反発が容易に予想できた。
「不景気の…、改善…。」
街に溢れる失業者達に職を与え、生産性を高める。そのためにできることは何だろうかと考える。
「やはり、外貨を得ることを考えれば、他国が欲しがる特産品を作り、貿易することでしょうか?」
「それね!」
シルヴィの提案に、私は手を叩いた。シルヴィの発想は、実に素晴らしいものだった。
「フランセイズの特産品…、…石鹸?」
「石鹸も良いですが、主力産業としては弱いかと…。」
「美味しい…、もの…、ショコラ…、菓子…。」
「それです!」
私の呟きに、今度はシルヴィが手を叩いた。
「リ・コーズ王国の菓子は、どれも素朴過ぎて野暮ったいです!その点フランセイズ王国の菓子は、貴族の皆様が国民を省みずに贅を尽くしているおかげで、非常に洗練されていて美味しいです!その美味しい菓子を、他国に売って外貨を稼ぐのです!」
「言葉に少し刺もあるけど、その通りだわ!幸いオルレアン領の農作物は現在豊作、それを元に日持ちもして美味しい菓子を作って売り捌けば良いのね!」
「そうです!お菓子っ…!!」
お菓子を薦めるシルヴィは目が輝いていた。つまりはシルヴィはお菓子を作るのも食べるのも大好きということなのだろう。
「マカロン…、ダックワーズ、フィナンシェ、ショコラ、ショコララング・ド・シャ…、ああ、食べたいものなら山のようにあるわっ…!」
「菓子を作るには人手も必要です。小麦から必要ですし、菓子工房を作り、そこで一括して人を雇えば、雇用にも繋がります!」
お風呂に入ると頭まで冴えるようで、シルヴィはいつになく饒舌だった。
「目指せ!お菓子の王国フランセイズっ!菓子と言ったらフランセイズ菓子と言われるほどのブランドにしてしまえば、怖いものなしよね!」
硫黄泉に浸かりながら、何故か私とシルヴィはハイになっていた。
誓ってお酒は飲んでいない。
しかしスイーツには、どうやら想像だけで女子を酔わせる魔力があるようだった。
こうして温泉に浸かったまま、私とシルヴィはどんな菓子が食べたいかという話で、小一時間盛り上がったのだった。




