27、そうだ、温泉に行きます!
クルニー浴場跡は、無事に私一人で動かせる程度の値段で買うことができた。
ジルとしては、だいぶ吹っ掛けたつもりだったようだったけれど、実際に浴場跡が生み出す利益に比べれば、欲がないとさえ思える程度の値段である。
けれど、ジルの蒸留所の近くに、約束通り石作りの貯蔵庫を建設し、更にクルニー浴場跡を今も使える公衆浴場に蘇えらせるためには、オルレアン領の公費も使わなくては足りなかったため、その分は両親に頭を下げた。
ちょうど王都プリエから出た堆肥を使い、オルレアン領の農家は作物を飛躍的に沢山採れるようになっていたため、資金は潤沢で、両親も二つ返事で承諾してくれた。
クルニー浴場跡は、セイネ川のすぐ近くにあるため、水源を川の水にすれば、引くのは簡単だった。
けれど、川の水はそのまま使うには汚いし、いちいち浄化魔法で綺麗にするには追い付かない。
セイネ川はかなりの蛇行を繰り返している川である。
掘れば伏流水が出てくるかもしれない。
後はプリエ北部にある、硫黄を含んだ湧水を持って来られれば、かなり違うだろう。
湯船、シャワー、サウナ、洗い場、作りたい物は沢山ある。
後は、マッサージ、あかすり、エステ、食事処、冷たい瓶牛乳もあれば完璧だ。
前世で、私が一番好きだった憩いの場所、スーパー銭湯。
無事にできたら、絶対毎日のように入りに来ようと思う。
私はワクワクしながら、クルニー浴場復活に向けての計画を練ったのだった。
公衆浴場開設と平行して、家庭に置けるバスタブの普及もできれば、と考えたのだけれど、ここでもまた驚いた。
この世界には、そもそもバスタブという概念がないのだ。
バスタブと言えばホーロー製というイメージだったけれど、簡易的に作るなら、木製でも良いのかもしれない。
「ああ…、お風呂に入りたい…。」
毎日お風呂のことばかり考えていたら、どうしてもお風呂に入りたくなってしまった。
そもそも、最近の私は少し働き過ぎだった。
それなのに、この世界には、そもそもお風呂がほとんど存在しないと言うのは残念と言うしかなかった。
この世界の温泉と言えば、プリエ北部にある、アンギアン・レヴァンという地域に湧くという、硫黄泉である。
そうだ。温泉に行こう。
視察も兼ねて、温泉に行こう。
貴族には、すでに保養のために行っている人もいる、アンギアン・レヴァンに行って、しっかり温泉に浸かって、英気を養いながら、疲れも取りつつ、今後のことを考えよう。
そうと決めた私は、せっかくなので、シルヴィとシャルマーニュ王太子も、一緒に誘うことにした。
二人共忙しい人なので、突然誘っても無理かもしれないと思っていたのだけど、何故か、他の用事を都合してまで、来てくれることとなった。
こうして私は、シルヴィとシャルマーニュ王太子と、護衛のフレーズ卿と一緒に、日帰り温泉旅行に行けることになったのだった。
アンギアン・レヴァンは、プリエから北に、馬車で30分程度で行ける、郊外の保養所だった。
サン・グラディアン湖の周りは湿地帯になっており、その一部から、硫黄を含む湧水が発見された。
硫黄泉が病気に効くという見解を、一部の人が提唱し、保養所が建てられた。
そして現在、数人の貴族がそこで保養をしたという話を聞いている。
建物ひしめくプリエの街から出て10分で、景色は一変し、辺りは葦や水鳥の多い湿地帯に変わっていった。
アンギアン・レヴァンまでの道は、すでに何人かが通ってくれたおかげで、きちんと馬車が動ける舗装された道路ができている。
私とシャルマーニュ王太子と、シルヴィ令嬢は、一つの馬車に乗り合わせ、ピクニック気分で、アンギアン・レヴァンへの道を楽しんでいた。
ちなみにアラン・フレーズ卿は、横を騎馬で守りながら付いてきてくれている。
おしゃべりをしていると、30分はあっという間だった。
そして辿り着いた、プリエ唯一の温泉地、アンギアン・レヴァンには、簡素な保養所が一件建っているのみだった。
簡素と言っても、充分にスーパー銭湯並みの広さはあった。
そして何より素晴らしいことに、中はきちんと男湯と女湯に分けられていたのである。
「良かったー!」
もしも混浴だった場合、最悪シーツを巻いて入浴しなくてはいけないだろうかと考えていたので、この施設環境は嬉しかった。
「王太子殿下、ご令嬢方には、わざわざのお越し、誠にありがとうございます。」
保養所を運営しているのは、地元の貴族であるエノー伯爵だった。
小さな領地しか持たない伯爵であったけれど、この硫黄泉の効能に目を付け、保養所を作ってくれたのは、何にも勝る功績だと、私は思う。
「たいしたおもてなしもできませんが、どうぞごゆっくりしてください。」
エノー伯に案内され、私は久しぶりの温泉に心踊らせたのだった。




