25、公衆浴場開設を思い付きました。
「ところで、フレーズ卿は魔法は使えますの?」
警護のついでに、一緒にお茶を飲んでいたアラン・フレーズ卿は、突然振られた私からの会話に、一瞬ビクッとした。
「はい、簡単な回復と解毒の魔法なら、少しだけ。」
なるべく無表情を装って、そう答えたフレーズ卿だけれど、口の端にケーキ屑が付いているのが可愛らしい。
「さすがですわね。やはり戦場で必要だから、習得されましたの?」
「はい、その通りです。」
フレーズ卿はなるべく端的に答えて、近寄り難さを演出しているようだったけれど、その右手は2個目の香草ケーキに伸びており、そのギャップは可愛らしさを際立たせるだけだった。
「では、フレーズ卿も頑張れば、浄化の魔法も使えるようになるのではなくて?」
「え?」
「そうですね、元々魔法を使っている方なら、きっとすぐにできると思います!」
私の提案に、シルヴィも乗っかる。
「いえ、私は…。」
「一人でも多く、浄化の魔法は使えた方が良いんですの!騎士にも魔法が使える方がいらっしゃるなら好都合ですわ、ぜひフレーズ卿から習得されて、皆様にも広めていただけないかしら?」
「それは…。」
「お願いいたします!」
渋るフレーズ卿に頼み込んで、ティータイムの後の浄化の練習には、フレーズ卿も一緒に特訓することになった。
こうして1日頑張った結果、シルヴィは風呂桶いっぱいの水を、私はコップ2杯、フレーズ卿は大さじ1杯の水を、それぞれ浄化できるようになったのだった。
まだ量は少ないけれど、これで私も水は浄化できるようになった。
ウイルスの浄化であれば、また別の問題になるかもしれないけれど、騎士にも魔法が使える人が多いことを知れたのも、今日の収穫だった。
良いことは続くもので、特訓から帰った私の元へ、以前石鹸の話をしたマルセイル伯爵から、荷物が届いていた。
荷物は、箱いっぱいの石鹸だった。
以前話した、安価で大量生産できる石鹸の試作品ができたから、皆で使ってみて欲しい、と書かれた手紙が添えられている。
「これは、素晴らしいわ!」
パーム油で作られたその石鹸は、まだ高級感を感じさせはしたものの、さすがに石鹸の老舗マルセイルで作られただけあって、素晴らしいの一言だった。
早速手を洗ってみると、泡立ちも良くて香りも良い。泡切れも良くて、洗った後はしっとりする。非の打ち所もない石鹸だった。
「この石鹸を、更に低コストで作れるようになったら、最高よね。でもこのままでも、充分に素晴らしいわ。」
箱の中には、100個ほどの石鹸が入っていた。
「せっかくだから、この試作品の石鹸から、有効活用させていただきましょう。あとは…。」
私は、マルセイル伯爵にお礼の手紙と、今後どのくらいのペースでこの石鹸が作れるかどうかだけ尋ねると、ひとまず石鹸の活用法を考えるために、街を再び散策することにした。
石鹸の、上手な活用法。
今はまだ数の少ない石鹸を、いかに上手に国民に行き渡らせるのか。
もちろん将来的には、各家庭に一つずつ以上は置いて欲しいけれど、すぐにはそれだけの量は用意できない。
どうにかして、皆に均等に石鹸を紹介して、使って貰う方法…。
そこまで考えた時、私は王都プリエの中央北側にある、古代ローマの公衆浴場跡を見つけた。
石作りの建物もそのままに、今は人々の憩いの場として開放されている。
そうだ、公衆浴場作ろう。
私の気持ちは、その瞬間に固まった。
そもそも、古代ローマ帝国時代には、かなりの発展を遂げ、一大娯楽場とまでなっていた公衆浴場が、今は王都プリエに一つもないのは、納得が行かなかった。
そういえば、プリエを郊外にしばらく北に行った湖の近くに、貴族が行くリゾート温泉があると聞いたことがあるので、温泉に入る文化がゼロになったわけではないと思う。
けれど今のフランセイズ国民には、ほぼまったくお風呂に入る習慣がなかった。
せいぜい身体をセイネ川の水で拭く程度で、湯船に浸かるという概念自体が、ほとんどない。
これは由々しき問題だった。
前世では、多ければ1日3回お風呂に入ったこともある程風呂好きだった私にとって、ここでの生活は、お風呂に入れないことが一番辛かった。
1から施設を作ろうとすれば、かなりの時間と費用がかかるけれど、この古代ローマ時代の公衆浴場跡を利用すれば、短時間で高品質の公衆浴場を作ることができそうだった。
「そうだ、そうしよう!」
そして、その公衆浴場で、試作品の石鹸を皆に使って貰うようにすれば、公平に色々な人々に石鹸を試して貰うことができるはずだった。
「そうと決まれば、シャルマーニュ王太子殿下にお伺いしなくては!」
古代ローマの浴場跡は、今は国の管轄である。
私は王太子を通じて、国王に浴場跡の利用許可を貰うために、一端屋敷に帰ることにしたのだった。




