第六話 デート(3)
ずっと言えずに黙っていたこと。それは、別れた彼女のことだった。
あの日も夢を見ていた。そして、彼女とのデート。
将来は結婚するはずだった。
ところが彼女に子どもが出来てしまった。
若かった敦にとっては大きな誤算だった。
結婚はしたいが、今すぐというつもりは無かったのだ。
そこで、堕胎を申し出た。
あの時の彼女の驚きを隠せない瞳が、見る間に濡れていった。
しかし彼女は黙って頷くと、それっきり敦の前から姿を消したのだった。
「あぁあ、酷い男」
「俺も酷いことをしたと思うよ」
「じゃぁ、いつの日か大きくなった子どもが『お父さん、あなたの息子です!』って現れることもあるって事ね」
「いや、堕胎はしてるよ」
「どうして分かるの? そのまま姿を消したんでしょ?」
「さすがに結婚しようと思った女性だよ。
一人で堕胎手術を受けに病院へ行かせるわけにはいかないよ」
「それって、最後まで確認しただけって事じゃない?」
「そうじゃないよ。本当に結婚しようと思っていたんだから」
「ふぅん……なるほどね」
「何?」
「その話は……さすがに、隠すわよね。
というか、最後まで隠してて欲しかったわね」
「あ、やっぱり? でも、俺は隠し事をしたまま真央と結婚したくなかったんだよ」
「う……ん」
真央の指がジョッキの渕を撫でる。
何かを考えているときに見せる仕草だ。
「ごめん、聞きたく無かったよな」
「そうじゃないよ。別にそんな事、若気の至りってヤツでしょ」
「まぁ……そうだな」
「誰にだって過去はある。そうでしょ?」
真央が真っ直ぐに敦を見つめてきた。
その瞳は、過去は過去だよと言っているように見えた。
「あぁ、誰にだって過去はあるよな」
真央が力強く首を上下に動かした。
「それに、その後直ぐに真央に出会ったんだし」
「え? あのバッティングセンターで?」
「うん、あの時は……」
「あ! 仕事で行き詰ってるなんて言ってたけど、本当は彼女のことが原因だったのね」
「違うよ。多少はあったけど、仕事が大きかったよ」
「それにしても良く別れて直ぐに私と付き合ったわね」
真央の顔が意地悪そうに歪んで見えた。
こういう表情をするときは、楽しいことを見つけたと舌なめずりしているように感じる。
「付き合ったって言うけど、あの時は恋愛に発展するとは思わなかったよ。
友達としての付き合いなら、誰でもありだろう?」
「そういうこともあるかもね」
「あの時も、夢を見た日だったんだよな」
敦の表情が曇って見える。
ここのところ、何かが引っかかっているのか、夢と関連付けて考えているように感じられてならない。
「だったらさ」
「うん?」
「だったら……今度その夢を見たら、扉を開けてみたら?」
「……開ける?」
「そうよ、開けないから悪い事が起きてるのかもよ。
だったら、開けてみればいいのよ」
敦が飽きれた様に真央を見た。
「夢だぞ」
「そう、夢よ」
「自分でコントロールできるわけ無いだろ」
「そう……かなぁ」
真央は面白そうに指先で輪を描きだした。その輪の中に敦がいるのだ。
このままだと、次には何を言い出すか分かったものではない。
敦は慌てて、話題を変えることにした。
「あぁ、そうだ。結婚式はいつにする?」
真央の指がぴたりと止まり、表情がふっと沈んだ気がした。
さっきまでの獲物を捕らえたような楽しそうな表情が消えた瞬間だった。
「結婚?」
「うん、両親がいい加減決めろって騒いでるんだよな。真央にも会いたいって言ってるんだ」
真央の視線がテーブルに落ちた。
いつも同じだ。結婚の話になると表情が暗くなるのだ。
いつだったか、その理由を聞いたとき『結婚したら仕事の妨げになるから。今はまだ……』という答えだった。
それっきり、プロポーズの返事をもらってはいない。
しかし、振られたのかと言えばそうでもなさそうで、こうしてデートを重ねているのだ。
ただ、まだ時期ではないということらしい。
「焦らなくてもいいじゃない?」
真央が顔を上げて元気に声を発する。だが、その元気が妙に浮いて聞こえる。
「真央、焦ってるわけじゃないよ。でも……」
「分かってるの。分かってるけど、お願い。まだ時期じゃないのよ。
仕事も乗ってるし。今はまだダメなのよ」
結婚の話になるといつも同じだ。
敦はため息をついた。
「分かったよ。でも、俺は結婚したから仕事を辞めてくれって言ってるわけじゃないんだ。分かってるよな?」
「うん、分かってる」
真央の笑顔が歪んで見える。
その歪みは今にも泣き出しそうに見えた。
毎日20時に更新中です~♪




