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とびら  作者: 久乃☆
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第二話 時間

 駅から出たときには出勤時間を大幅に過ぎていた。




「参ったなぁ。出勤するより、このまま行くか」




 敦は携帯を取り出すと、アドレス帳から一件の番号を選び受話ボタンを押した。


 すると、間もなく相手が出た。




「はい、木本工務店です」


「お世話になっております。Tガラスの藤岡です」




 敦は、見えない相手に頭を下げた。


 今日はどうしても、この木本工務店に行かねばならないのだ。


 今まで何度と無く足を運び、やっと契約に漕ぎ着けたのだ。




(思えば長かったよなぁ)




 去年の暮れに飛び込みで営業に入って半年が過ぎた。


 頑固な社長は、今までの付き合いがあるからと話を聞いてもくれなかったのだ。


 それが、敦の熱意に根負けしたと言いながら、笑顔を見せてくれたのが三日前だった。




(陥落させる為に、どれほどの我慢をしてきたか……)




 半年間、木本工務店に出向いた際は、仕事の話を一切せずに、工務店の仕事を手伝った。


 敷地の中に大規模な作業場が併設されているのだ。


 そこで掃き掃除をし、作業員に缶ジュースを振舞った。


 どうしてそこまでと思われるだろう。


 これが、敦のやり方なのだ。


 断られたら諦める、そんな生半可な気持ちで営業は勤まらない。


 断られたら、相手の懐に入る。


 その為には仕事を超越した付き合いが必要になる。


 このやり方で、敦は入社八年にして営業部の係長に抜擢されたのだ。




「申し訳ありません。駅で事故に遭いまして、到着が遅れそうなのです」




 工務店の社長は気が短い。


 職人気質なため、時間にルーズなのはご法度だ。


 しかし、この半年培ってきた信頼関係がある。


 敦は、平身低頭しながらも心の中では、相手の了解が出ることを確信していた。


 案の定相手は敦の身を案じこそすれ、否定的な言葉を繰り出す事は無かった。


 携帯を切ると、深い安堵のため息が出た。




「この客は落とすと大損害だからな」




 次に会社へ連絡をいれ、事の顛末を報告した。


 後は、木本工務店へ向かえば良いのだ。


 契約も順調に終わるだろう。


 敦は青く晴れた空を見上げて、今見た地獄を忘れたかのように、大きく背伸びをして歩き出した。




 日も傾き出したころ、やっと社へ戻る事が出来た。


 これから、今日交わした契約書を上司に提出し、次の案件への調整をしなくてはならない。


 帰宅できるのは深夜に及ぶ事がまれではないのだ。




「お疲れ様です」




 事務の日向佳枝がコーヒーをデスクに置いた。


 まだ二十代前半の佳枝は、笑うと目が無くなる。


 今時の女性としては、どうして痩せないのだろうと思うほど、太っている。


 余りにも太っているので、誰も佳枝にスタイルの話をしないほどだ。


 敦は、佳枝に圧迫感を感じながらも、コーヒーに手を伸ばし礼を言った。




「どうでした? 木本工務店は?」




 誰もが気にしている案件だ。


 事務員と言えど気になるのだろう。




「大丈夫だよ。契約は成立さ」




「さすがですねぇ」


「苦節半年だからね」




 誰だって、褒められて悪い気はしない。




「そういえば、今日の駅の事故、凄かったですね」




 佳枝が敦の隣に座り込みながら、今朝の話を持ち出してきた。




「どうして知ってるんだい?」




 さすがに今朝の事故だ、まだ新聞にもなっていない事をどうして知っているのか不思議だった。




「だって、私もあの電車なんですよぉ」




 これだけの巨体を見落とすはずは無い。


 敦は、今朝の記憶を辿ってみた。


 しかし、どこにも佳枝の姿が見つからないのだ。




「あはは、嘘ですよぉ」




 佳枝が豪快に笑ってみせる。




「お昼のニュースでやってました」




(ああ、そうだよな……)




「びっくりしちゃったぁ。エスカレーターが壊れたんだそうですね」


「そうだったんだ……」


「急に止まっちゃったんですよね。係長はその場にいたんですよね」


「ああ、いたよ」


「よく巻き込まれなかったですね」


「そうだね、運が良かったよ」


(本当に運がよかった)




 そこへ外回りを終わらせた社員が戻ってきた。


 社員が戻ってくると、佳枝が一人一人にコーヒーを入れて回るのが習わしだ。


 佳枝は詳しい話を聞きたかったのか、残念そうにその場を離れた。




(そうだな。ニュースになるよな)




 しかし、いつまでも考え込んでいる暇は無いのだ。


 早々に終わらせて、次の案件の準備をしなくてはならない。


 敦は視線を書類に戻した。



毎日20時に更新しています~



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