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視界に納めた城から届いた光に目を細めた。
何だろう。あの光……。
「主っ」
「女王様っ」
真白と、アスターニェの叫び声にも似た声が響く。え?と疑問を浮かべると同時に真白が私の前に立ち、アスターニェが私の背に腕を回すようにして後ろへと下がらせる。
え? 何??
私の疑問は、次の瞬間に響いた声であっさりと解決された。
「アリアッ。約束は守っている! 今度は俺の運動に付き合え!!!」
響き渡るキィラの声。声を弾ませ、心底楽しげに言葉を紡ぐ。
「え? これって運動の範囲なの!?」
キィラの運動は運動じゃない。そう叫びたいけど、会った時に運動はどんなものか、とかいう話はしていない。つまり、キィラの運動に付き合うって事は、これに付き合えって事で……。
「真白ー」
お願いハリセンに戻ってっ。ふっ飛ばせばとりあえず落ち着くよね。落ち着いてくれるよね?
内心恐々としているんだけど、やるといったものを反故するわけにはいかない。ここは開き直って真白にハリセンに戻ってもらって、それを片手に馬車から飛び出した。
後ろからアスターニェの声が響くんだけど、ごめんっ、今無理。
「会いたかったぞアリア!!」
「そんなに経ってないよねっ。っていうか、どれだけ運動不足なの!?」
「アリアしか満たせないから仕方ないだろう」
さも当然とばかりに言われ、私は口を噤んだ。そんなに嬉しそうな表情を浮かべられたら、なんていうか言おうと思っていた言葉を飲み込んでしまう。本当に嬉しそうな表情。尻尾が見えるのは何故だろう。キィラってわんこ属性だっけか。
どうでも良い事を考えながら、キィラからの鋭い一撃を真白で受け止める。うぐぐ。重い。でもこれは腕力じゃなく、魔力の重み。最初の頃よりも随分慣れた魔力を練り上げ、防御にまわす。すると、重たいだけだったキィラの攻撃を押し返せるまでになった。パシン、と弾かれるキィラの魔力。
面白そうに、キィラが瞳を細めた。
何その凶悪な表情。
どうやら、今のがキィラのやる気スイッチを押してしまったらしい。恐ろしいまでの魔力がキィラの身体から放出される。キィラ自身を包み込み、尚且つ溢れ出す力。
私も真白を構え、魔力を溢れさせた。防御と攻撃。同時にする必要がある。戦う、という事に対してはキィラの方に歩がある。つまり戦い慣れているのだ。
どうしても経験則の差が出る。
加減も何もわからないけど、キィラにはそもそも加減というものを必要としない。寧ろそんな事をしようものなら、私なんて初心者は瞬殺されるだけ。だから出し渋りなんてものはしない。
次から次へと溢れ出す魔力を練り上げ、純度をあげていく。その時、空中に留まる私にも感じ取れるぐらいに地面から発せられた振動に、身体が揺らされた。え? 何??
「女王様っ。それ以上は無理です!! 魔界が耐えられません!!!」
叫ぶようにして紡がれたアスターニェの言葉に、私の目が見開かれる。
え? 本気だすと、というかその途中でもダメなの? キィラの魔力ってどれだけよってそんな疑問が浮かぶ。
「軟な世界だ。アリア。一緒に魔界の強度を高めて全力で運動をしよう」
「強度って高められるの??」
アスターニェの言葉も驚いたけど、キィラの言葉にも驚いた。なんていうか知らない事がいっぱいだ。記憶を引き継いでない弊害がちょいちょいとあるような気がする。
その都度アスターニェが教えてはくれるんだけど。知識不足がいただきない。仕事も重要だけど、本を読んで勉強する時間もとらないと駄目だなと、帰ったら勉強する事に決めた。
仕事は暫く抑え目にして、そっちを優先しないと。
「とりあえず茶だな。準備させた。アリア──…勿論ゆっくりしていくのだろ?」
菓子もある、と魅惑の笑顔を私に向けてくるキィラ。なんだろう。この超がつくようなイケメンな笑顔は。やっぱ見慣れないわー。このイケメン。
私に断られるとは思っていないキィラに、話し合いに来たからと応じる私。
「一応手紙も持ってきたけど、本当に協議するの? 私的には、全部却下なんだけど」
下に下りる最中だったけど、キィラに聞いてみる。すると、予想していなかった答えが返ってきた。
「あぁ。却下ならそれでいい。次のリストの準備はしてある。それを見ながらアリアはどのような茶や菓子が好きなのか教えて欲しい」
準備させたと、テーブルいっぱいに並べられたカップとお菓子の山。淹れられたばかりなのだろうお茶の数々。
「え……とこれは」
「好きなのを飲め。後は捨てる」
「ん……とね」
あぁ、頭痛が。
なんだろう。この不器用な人は。
「飲めるだけ飲むけど、好きなものを教えるから次からこれはやめてね」
私の為に準備してくれたお茶とお菓子。無碍にも出来ないし、怒る事も出来ない。なるべく飲もう。お腹がたぽんたぽんになるけど。アスターニェと真白にも手伝ってもらうけど。
そう思って擬人化してもらった真白を見たキィラの表情が変わった。
「アリア……それは何だ? アリアの力にも似た魔力を感じる──……が、同じではない。今のアリアに近づけるのはアスターニェぐらいしかいないはずだ。それは、何だ?」
キィラの瞳が揺れる。身体から溢れ出さんばかりの魔力を抑えているのか、蒸気みたいなものにキィラの身体が包まれている。今にも爆発しそうな魔力。正直、こちらの肌をチラチラと焼いている。けれど真白も負けていない。
「私はアリアーフィナール様の武器。一心同体の卵石から作られたモノ。我が主を傷つけるものには例え魔王様であっても手加減はしません」
胸を張って自慢するかのような声高々に宣言する。
「卵石……か。飾る程度かと思っていたが、そんな使い道もあるのか」
腕を組み、何処か不機嫌そうに言葉を紡ぐキィラだったけど、視線を側近の人に流してた。つまり、自分のも作れって事だよね。それって。というか飾ってあるんだね。色々と疑問にも思ったけど、それらを全て飲み込んだ。
紅茶を飲んで、リストについて協議する。
次のリストが準備されてるって事実にも慄くけど、2人の険悪な雰囲気にも慄いたよ。
「って何このリスト!?」
受け取ったリストは巻物みたいになってた。横書きだけど。そして今までの手紙の比じゃないほどの数の多さ。ちょっと待とうか。もう一度じっくりしっかりと話し合う必要があるらしい。
「アリア。どれが好みだ?」
「今は紅茶……いや、飲むよ。飲むけどそれは後で教えるから、それより飲みながらでもこれを答えてくれないかな」
頬が引き攣るのを感じながら、私は勤めて冷静を装う。
季節のお取り寄せグルメって何?
一番っこくじって何?
コラボ携帯ケースなんて使わないでしょ!?
「何この羅列。せいぜいお取り寄せグルメはいいとしても、これらはなんなのっ」
冷静さんさようなら。
短気さんこんにちは。
私の怒気を感じ取ったのか、真白は素早くハリセンへと姿を変え、私の右手へと納まってくれる。流石真白。わかってくれてるね。
「これらを何に使うか。どうして欲しいのか。じっくり聞かせてもらうからね!!」
ビシッと真白を突きつけると、キィラは嬉しそうに表情を和らげた。いやいや、騙されないからね。そんな表情を浮かべても絆されないからね。
「あぁ。食事の準備もさせる。先ほどより軽い運動もする」
いそいそと巻物を積み上げるキィラに、抑えようもない頭痛を感じるのは何故だろう。
「あぁ、もうっつっこみが追いつかないッッ」
思わず叫んだ私の行動に、間違いはないと思うのね。
これが叫ばずにはいられないでしょ。この巻物が何本あるのって本当に勘弁して。
「そもそもっ、どうしてこんなに欲しいもので溢れてるの? それから教えてもらうから!」
声高々に宣言する私の曇った表情とは対照的な、明るい表情のキィラ。
それに頭痛を感じてしまうが、一度私が言った事だからここで背を向ける事も出来ない。そんな私の悲痛な声が城の中に響き渡るが、同情をしてくれたのは私に姿を現していないキィラの城に勤める魔族たちだけだった。
あぁ……本当にどうしてこんなにリストが多いのよ。
そんな私の叫びに、すいませんとリストを作成した魔族たちが謝ったとかなんとか。それを私が知るのは、当分後の話だった。